2011.04.06

歌がうまい人を本当にうらやましく思える(東北の地震によせて)

僕は音痴です。下手くそです。

だから、歌がうまい人、本当にうらやましく思います。

そんな中、僕の大好きな上々颱風から、YouTubeに公式アップがあったのでご紹介。

元々の記事はこちら。

●いつでも誰かが via Shang Shang A Go Go !
http://mandi.blog.ocn.ne.jp/shangshang/2011/04/post_52fd.html

僕が上々颱風好きなのを差し引いて頂いて。

上々颱風、ひそかな名曲が多いグループです。そして、まさにこういう、なんだか途方に暮れそうなときに進む方向を照らしてくれる灯火になる曲が、ひそかに多かったりします。

僕自身、上々颱風を知ったのは浪人時代。

「ちっちゃいこと、ちっちゃいこと、気にしない。ダメでもともと、It's All Right!」

な曲や、

「しなや〜かに、の〜びやか〜に」

な曲や、

「いつでも、神様が、みつめて〜るよ、だから泣かないで、Let it be」

なんて曲に勇気づけられていました。

今回、上々颱風公式としてYouTubeにアップされた曲は、宮崎駿の「平成狸合戦ぽんぽこ」で使われていた曲です。

これでファンを一人でも獲得し……なんて、姑息なこと、上々颱風自身も僕も思いません。

でも、上々颱風ファンとして、この曲、今こそいろんな人に聞いてもらえればいいな〜と思う曲です。

いつでも、誰かが、きっとそばにいる。

そばにいる人、きっといます。大変かと思います。でも、心、折れないで。

僕として願うことはこれだけです。

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2011.03.16

素朴な疑問

本当に素朴な疑問ですが、どうしてテレビ局って分業しないのだろう?

例えば。

A局は安否情報及び被害状況を流す
B局は政府及び公的機関等の記者会見を流す
C局は原発情報を流す
D局は計画停電情報・交通情報を流す
E局は地震以外のニュース情報を流す
F局は子供向け番組を流す
G局は節電のために放送を止める

どうして、こういう役割分担をしないのだろう?

余震情報とか津波情報とか、原発の緊急状態は緊急テロップとしてどの放送局でも流すべきだと思うのだけれど……。

どのチャンネルつけても、語っている人が違うだけで、流されている映像は同じな状況。インパクトのある映像を繰り返し流すだけの番組構成。これって限られた電波を有効に活用できてると胸を張って言えますか? ましてや、差異をアピールするためにわざわざ看板キャスターを現地に派遣するとか、有名キャスターの現地入りに使った運搬力、ほかのものを送り込むことに転用できませんか?

国民全員で事に当たるべきとしたり顔で言っておられますが、でも、一丸にならずに「俺っちのチャンネルだけで全ての情報を伝える!」な姿勢なのがテレビ局。

もうちょっとテレビ局同士協力しませんか?

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2011.03.15

天罰?

4月は都知事選ですね。

現職の都知事は、今回の地震について天罰だと思っておられるのだそうです。

へ〜。

本意じゃないとか、主旨ねじ曲げられた報道なされたとか、まー言い分はあるのでしょうが、でもさ、いまだに家族の安否確認すらできず、余震におびえ、放射能におびえしている人々が多数いるこの状況で、そーいうことを言えるセンスの人が東京代表と言われると、僕個人は心が痛みます。

僕は神様じゃないので、天罰は下せません。僕が持ってる参政権は1票だけなので、民罰も下せないでしょう。

でも、僕は「天罰」発言で、最悪、都知事選を棄権する自由を留保しておこうと今日現在は考えています。

少なくとも、無辜の民(被災者全員が善人だとは言いませんが、そう言うことは、この際、いいっこなしでしょ)が苦しんでいるときに、「天罰」とか平気で発言できるセンスのない人物に1票は投じません。

あぁ、もちろん、「投票するな」運動を展開しようなんてさらさら思っていません。皆さん、それぞれの価値観、政治的判断で投票行為を行って頂ければと思います。

今日の日記は、4月10日当日に、僕が「誰に入れようかなぁ〜」と迷った際の備忘録です。

それにしても。

神様、どうかどうか、天罰を下す先、ピンポイントにしてくださるようお願い奉ります。

それでもって。

自身が出馬表明する日に地震が発生して、ニュースに取り上げられなかったこと、これこそ神意なのでは?

もっとも、これが神意だと思いたくないのは、石原君にだめ出しするためだとしたら、あまりにも多くの尊い命が犠牲になったわけで……。

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2011.02.14

バレンタインデーの夜に犬も食わない話

今日はバレンタインデーですね。皆様、つつがなく。それでもって、くたばれ、カップルども!

と言うことで、夜から東京地方は雪。寒がりな僕は、どこにも食べに行ったり、食べ物を買いに行く気力もなく、頂いた義理チョコで今夜の飢えを乗り切ろうと決意しているわけですが、それはともかく。

どういう訳か、こんな夜に限って、痴話げんかの相談を立て続けに3件も聞かされております。

いや、いいんですよ。痴話げんか。大いにやってください。

おおむね、人に相談しに来る痴話げんかって、39年(もうすぐ40年)生きてきた人間の経験で言えば、人に相談できる時点で、ホント、たいしたことじゃないのです。いわゆる犬も食べないってタイプなケンカです。

もう少し若い頃は、この辺の機微が分からず、マジメに相談に乗り、一人悶々と過ごす夜になりがちでした。

と言うのも、この手の相談、たいていその後どうなったかの報告がないわけで、かといって、こちらから「ケンカ、大丈夫だった?」の連絡をするのも気が引け、しばらくの間、「あのカップル、大丈夫だったのだろうか? どうだろうか?」と心痛める日々が続いていた矢先に、なんかさ、腕つないでケロッとした2人を町中で発見して、

ぎゃー! 僕が心配していた時間を返せ!

みたいなことになっていたわけです。

もうこの歳(もうすぐ40歳)になると、この「ぎゃー! 僕が心配していた時間を返せ!」は当然のこととして受け止められるようになりました。我ながら成長したものです。

ついでに言えば、相談してきた女性が、僕が密かに心寄せていた人物だったりする場合、まぁ、なんだ、下世話な話だけれど、「あれ? これはひょっとして?」なんてあらぬ欲望を抱いてしまうのが、根っからの女性好きな僕の悪い癖なのですが、しかしながら、もうこの歳(くどいけど、もうすぐ40歳。誕生日プレゼントせがんでるわけじゃないっす)、たとえ一時的にケンカしていても、僕が割ってはいる隙はないっすよと理解できるようになりました。我ながら、ホント、成長したものです。

ただね。

えーっと、僕、まだ結婚したことないです。なので、夫婦げんかの相談されても、適切なアドバイスできないっすよ!

はけ口にしていただくのは全然構いません。特に美人の女性なら大歓迎です。何時間でも話し相手になります。言い換えれば、男性陣は速攻で却下っす。僕は男性の愚痴(のろけ)に付き合うほどの心の広さは持ち合わせてませんから。

それでね。

まだ結婚したことない僕に相談してしまうほど、パニックになってるのです。だから、一度、深呼吸してください。一度で気持ちが落ち着かないなら、2度でも3度でも構いません。ひとまず、深呼吸しましょう。そうすれば、仲良しさんの2人。僕に相談するまでもなく、仲直りの方法、思いつくと思います。

少なくとも、バレンタインデーの日に義理チョコで飢えをしのいでいる人間に相談するのは間違った選択だと気がつかれるはずです。

以上、本当は仲良しさんへ。

追記
こちとら義理チョコで飢えをしのいでいるっすよ! わびしい……。

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2010.06.05

Twitterって面白い?

「Twitterって何が面白いの?」と聞かれることが、時々あります。

これ、返事に困るのです。

「面白い」か「面白くない」かは、個人の主観の問題です。

例えば、「音楽の何が面白いの?」と聞いてきた人がいたとします。

  • 聴くのが楽しい
  • 演奏する(歌う)のが楽しい

音楽が好きな人なら、このどちらか、あるいは両方を答えるでしょう。でも、これと全く同列に、

  • 上記に対してなんの楽しさも感じない!

人がいたとしても、そういうものだと思います。

音楽を聴いても、何ら楽しさを感じず、演奏しても(あるいは歌っても)楽しさを感じずな人の、感覚がおかしいとは僕は思いません。その人にとっては、絵(視覚を刺激されるもの)の方が楽しい、食事の方が楽しい(味覚を刺激されるもの)と聴覚以外の他の五感の快が優先されるのかもしれません。

いずれにせよ、「面白さが分からない!」人にいくら説明しても仕方がないと僕は思っています。

例えば、落語。「何が面白いの?」 大切な人なら、とりあえず寄席に連れて行きます。そうでなければ、「ま~趣味ですしね~」とお茶を濁すのは内緒ですが、寄席で生の落語を聴いてもらって、それでも「面白さが分からない!」人は、多分、落語を面白いと思わない人なのだと思います。それはそれでいい。別に無理無理、落語は面白いと思いこめ! 落語の面白さが分からないなんて、人間失格! なんてことを言い出すことはありません。だって、面白く思わなかったんだから、仕方ないよね~。世の中には、もっと他にも楽しいことたくさんありますから、あなたにとって今日が楽しくないのなら、何が楽しいか探しましょうかという感じです。噺家の皆様を始め、落語関係者の皆様、僕の影響力ってこの程度です。申し訳ない。

話を元へ。

Twitterでも全く同じことが言えます。

  • 他人のつぶやきを見るのが楽しい
  • 自分がつぶやいてみるのが楽しい

これと同列に

  • 上記に対して、なんら楽しいとは感じない

人がいたとしても、そういうものだと思います。

Twitter について言えば、ひとまず始めることをお勧めします(大切な人なら)。今から始める人なら、友人知人に加えて、有名人を数人フォローしてもらいます。それをしばらく見てもらって、何か言いたくなったら、相手が誰であろうと気にせず突っ込んで大丈夫ですよと言ってみます。突っ込んだ相手からリプライあるかもしれませんし、ないかもしれません。Twitterって、そういう世界です。

これで面白さを感じないとしても、まー、そういうものです。こういうのが楽しい人も一方でいれば、それを楽しいとは感じない人がいても、別におかしなことじゃない。

ちなみに、僕自身は、実際にはライフログ的に使用しているので、周りとのコミュニケーション手段としてはほとんど使用していません。食べたものをポストしたり、どこに行ったかをポストしたり、#bakaku として、下手な俳句(時には川柳)を詠んだり。こちらがメインです。

ほんの少しだけ、世間でフレームワークになっていること、あるいは、僕が「???」と思ったことに対してダウトを投げかけてみたりすることもあります。とは言うものの、チャット的には全く使用していないので、投げかけたダウトへの反応全てに的確に対応できていないのですけれど……

さらに言えば、僕自身は古くからご存じの方はお分かりの通り、歴史学で言えば、フランスのアナール学派に強く心を引かれている人間です。

これまでの歴史。有名人がどうした、どう考えた。その記録については、近代に近づくにつれ、資料が残されています。でも、全く無名の市井の人々は、その時、どう感じて、どう考えて、どんな生活を送っていたのか。ほとんど資料残されていません。でも、歴史を継続してきたのは(動かさなかったにせよ)、有名人ではなく、まさに無名の人々だと思っています。

今年はNHKで「龍馬伝」をやっているのだそうですが、ちょっと考えてみてください。龍馬が活躍した幕末。京都の人々はどんな感じだったのだろう? 明日、ひょっとすると殺されるかもと戦々兢々としていたのでしょうか? それとも、「なんかこないだ、寺町で人切りあったらしいで~。こわいな~。き~つけんと~」「ほんま、こわいな~」みたいな感じだったのかもしれません。さらに言えば、幕末から明治維新にかけて、主戦場ではなかった地域の人々はどんな風に徳川幕府から明治維新を迎えたのだろう? 今まで名字がなかった人が、急に名字を付けなければいけなくなった日、どんな風に考えて、今の名字を選んだのだろう? その資料はほとんど残されていません。「山田」「鈴木」が日本で多い名字になったのはどうしてだろう? 「藤原」については、ある程度分かっていますけれど。

なーんてことが、ひょっとすると残されていくかもしれないのがインターネットの技術で、その一つの例がTwitterだと僕は思っています。

ともあれ。

僕が「まだ使ったことない!」人にお勧めしている方法、あるいは僕自身の使い方、どちらを試してみても、それを「面白い!」と思わない人がいても当然だと思います。

さて。

厄介なのは、「Twitterって面白い?」と尋ねてくる人は、本当は「Twitterが面白いかどうか」ではなく、「Twitterが便利かどうか」を知りたいのだろうなと感じています。

「便利」という場合。

個人として便利だと感じるのは、おそらく多くの人にとって、「情報を取得する手段」としてということなのだと思います。自分の発言を世の中に広く伝えたいって思う人は少数派でしょう。むしろ、IT技術は、他人にとって有益な情報を発信する場よりは、自分にとって有益な情報を取得する場を提供してくれるものなのだと思います。

他方。

組織(と言いますか、ビジネスとして)便利だと感じるのは、「情報を伝達する手段」としてということなのだと思います。多くの人が見に来ている場に自分の意見(ないし商品)を喧伝できる場所。

現状で言えば、Twitterは、上記のどちらのニーズも完全には満たしてくれません。

「有益な情報を取得するため」が目的な人にとっては、そもそも誰が有益な情報を提供してくれているのかを提示する機能は、今のTwitteruは実装しておらず、ひとまずフォローしたけど、なんか「起きた。出社した。帰ってきた。寝る」みたいな情報しかないよね~とがっかりされるのだと思います。

他方。

「自社の宣伝をしたい!」が目的な人にとっては、そもそも誰かがフォローしてくれないことには、ほぼ間違いなく「一人のつぶやき」です。Twitterの仕様上、「ホーム」には自分がフォローしている人、その人のRT、そして自分自身のつぶやきしか表示されません。宣伝できてないじゃん!とがっかりされるのだと思います。

でもね。

だからこそ、Twitterは「便利」なんですよ。Twitterを使用して、「本当に便利」なことを、まだ誰も本当には見つけられていないのです。「便利」に利用できるかどうかは、あなた次第な除隊なのです。

ただ、1点だけご忠告。

技術系、操作系以外のTwitter本を鵜呑みにされないように。

だってさ。

  • 誰が得する方法を公開するの?
  • 「得するよ!」って言っている人は、その方法では自分自身やっていけないから、ノウハウ売ってるんでしょ?

要するに今の著者本人のTwitterr利用だけでは「収益」が見込めないから、せめて著作収入をなのでしょう。

ジェネリック医薬品は、なるほど「同じ人間」だから確証持てた過去の薬品でも有効なのだと思います。でも、ビジネス。松下さんの言うような「哲学」ならともかく、「技術」が、ドッグイヤーと言われるIT系で通用するものなんですかねぇ?

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2010.04.29

この道はいつか来た道

先日、あさりよしとおの毒入り 錠剤篇を読み終えました。

彼がアニメ界の状況を嘆く中で、こんなことを書いていました。

ダンピングがなされている。だから、制作会社はより安い労働力の源としてアニメ専門学校に仕事を任せる。結果として、質の低い作品がぞろぞろ出てくる。

あさりよしとおが指摘しているのは、この構造が「誰にとっても非がない」 しかし、それによって、業界としてはデフレスパイラルに陥っていく。そして「非がない」からこそ、この負の連鎖を止めることができないことです。

どういうことかというと、仕事を任された専門学校。「実地の教育ができる」 学生にとっても「自分の作品がテレビで放送されている」 そして企業にとってはカツカツの予算の中で「とにもかくにも大赤字にならずにすむ」 誰にとっても悪い話ではありません。

専門学校にしてみれば、机上の空論ではなく、今現在商品として成立する作品の創作方法を教えられるのは我が校と宣伝できますし、学生にとっては(これは何か物作りをしたことがある人なら感覚、分かってもらえると思いますが)、たとえ一部であっても自分が関与したものが、テレビで流れている。これほど嬉しいことはありません。

一般論として、仕事の役に立つかどうかではなくて、まさに「仕事をさせる」ことによって生徒の能力を高めることは誰しも首肯されることでしょう(OJTを否定する人がいないように)。

さて。

この手法はゲーム業界でも全く同じ枠組みで再現されました。

さて。

ブログとかTwitterとか、どうも同じ枠組みで再現される方向にあるようです。

どういうことか分からない方、最近、グーグル先生(あるいはヤホー)におたずねして、なんだか似たようなサイトがざら~っと出てきませんか? Wikipediaのコピペじゃん! みたいな。

「インターネットはからっぽの洞窟」

かつてこれに僕は違和感を感じていました。今でも違和感を感じています。でも、からっぽの洞窟になりつつあるのかもとも思うようになってきました。えるえふえむ?

いや、ホント、普通に感じたこと、考えたことを書いて欲しい。たとえそれが、「うちの子供、可愛いでしょ!」でも、「うちの猫、すごくやんちゃ!」でも、「うちのワンちゃん、ちょーお利口」といったことでも構いません。多くの人にとって取るに足りないことでいいんです。チラシの裏で充分。そうした「どーでもいいこと」の発信と蓄積がインターネットの可能性だと僕は思っています(この辺は、歴史学の一派であるアナール学派の方なら同意してもらえるのではないかと思うのですが)。普通の人の普通の日常が記録されていく。残されていく。これは本当にすごいことです。

何がすごいのか分からないとおっしゃる方。例えば、松尾芭蕉の俳句ならそらんじられるものもあるでしょう。古池や蛙飛び込む水の音。でも、同時代の熊さん(職業:大工)が、どんな俳句詠んだか、ご存じ? 知らなくて当然です。僕も知りません。そして、2010年の現在、熊さんが酔っぱらって月を見たときに詠んだ俳句を知る術はなにもないのです。だって、残されていないのだから。

インターネットとそれを支える記録媒体の発展。多分、いろんなものをそのまま残すのではないかと思います。

いや、僕が死んだら、僕のサイトは閉鎖されますし、死ぬまでもなく、Nifty退会したら、僕のサイトはその時点で消滅です……とかつては思っていましたが、国会図書館のアーカイブとやらに、少なくとも「古典落語ネタ帳」は残るようです。

これは、特定の特別なサイトだけではなく、方向性としては、全てのサイトを残す方向に動いていくのではないかと僕は思います。だって、僕の「古典落語ネタ帳」を残して、別の誰かのサイトを残さないのは何故? と「残す・残さない」の基準はすごく曖昧です。曖昧である以上、人間って「残す」方向に動きがちです。だって、ほら、押し入れの中に使えるかどうか分からない紙袋とか、段ボールとか、包み紙とかとってあるでしょ? いやまぁ、昨今流行りの事業仕分け人なら、

「そんな誰が書いたか分からないもの、残す価値なし!」

と一刀両断に切り捨てられるかもしれませんが……。

閑話休題。

「どーでもいいこと」が記録されていく。だから、Wikipediaのコピペみたいな「どーでもいいサイト」だって記録されていっても問題ないのでは? それはそうなんです。そうなんですけど……。でも、なんか違うよね~。発信したいことがあるから発信するであって、注目集まってるから発信するじゃないですよね? ましてや、その発信内容が自分のオリジナルじゃなくて、どこかのコピペって……。

厄介なのは、LFM関与なのか、そうじゃないのか。現状僕には判断つかないところなわけで。そして、それがどうも素敵企業に利用されているようで……。

あー、でも、これほど賢いビジネスはないか。

クライアントからお金もらう。そこから成果報酬としてライターにお金を支払う。ライターは自分の書いた物を宣伝するために自ら宣伝広告をうつ。媒体としては理想的かも。媒体提供者(あるいは広告代理店)として、こんないい話はないか。

テレビを始め、既存マスメディアがCM枠確保するために、どうやって番組(ないし媒体)を宣伝するかで四苦八苦というか、むしろ最近のテレビで言えば、CMに回せばいいはずの枠を自社番組の宣伝に回さざるを得ない(結果、本来のCMクライアントの露出は減る)、番組宣伝枠を確保するための番組を作り、番組宣伝枠を確保するための番組を宣伝する枠を取るなんて、泥沼なことになっている現状。番組作ってる人に身銭切らせて宣伝させる手法って、ホント、いいんじゃない? Twitterで炎上しちゃったけど。

でもね、これ。

小劇団の団員に、自分が出演する公演のチケットを買わせて、それを売っ払ってきた分が、お前の駄賃だってのと一緒ですぜ? 上場会社のやるこっちゃない。

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2010.04.24

ここ最近のMixiあぷりについて

マイミクさんから紹介されたアプリ。どれのことかは、紹介してくださった(おそらく開発に携わられた)方の名誉のために書きませんし、逆に紹介してくださった方、最初に謝っておきます。ごめんなさい。ここから苦言書きます。そういうのを聞きたくないのなら、ここでこの日記から立ち去ってください。

 

 

 

 

 

 

 


さて。

Mixi アプリ。

僕の所にも営業来ています。だから、お金の入り方についても、一応理解したつもりです。

で。

現状、僕の感覚で言えば、そのお金の取り方って、ユーザーをバカにしてるよね~と思っています。だから、僕は現状、「見」です。だって、僕はイヤだよ。自分が作ったものを使ってくれてる人が「バカだ!」という前提でサービスを展開するなんて。いや、だって、ホント、イヤでしょ。バカ相手ならバカなクレームが来て当然。バカだから相手しない? いやいや。バカ相手に商売始めたんだから、バカの相手してやろうぜ。言うまでもなく、バカを相手にすることほど疲れることありません。アプリの中の人、本当に疲れます。

ただ、これはアプリ提供者側の問題ではなく、Mixi のビジネスモデル自体がおかしいと僕は考えています。いや、Mixi は賢いのです。バカを直接相手にしないように、矢面にバカを立たせる。なんともはや。


その上で。

アプリ内のコンセプトとして、一番やっちゃいけないのは、

次、新しいことをしたいのなら、マイミク引っ張ってこい!

これは絶対にやっちゃダメだと僕は考えています。理由を説明するのも億劫ですが、これはもう完全にネズミ講の初歩だからです。

勿論、法律で言うところのネズミ講は、孫が発生するか否かなので、現状の Mixi アプリではその手の「孫ができたらじいちゃん、ウハウハ」なアプリはないようですが、それでも、少し考えれば、ユーザーとしてにっちもさっちもな状況になること分かりますよね?

Aさんからアプリ紹介されたBさん。次のステージに進むためにCさんを引き込む。Cさん、同じように次のステージに進もうとAさんに……? あれ? Aさんは、もうアプリ使ってるんだ!? あれ? 私、次のステージに進めないの?

Mixi は現状どうなっているかはともかく、建前上は SNS です。ソーシャルなネットワークを提供するサービスです。

さてだ。

もし、あなたのお友達が、「ウフフ。この壺買わない? ご利益あるわよ。それでもって、壺、仕入れて、いろんな人に売らない? ご利益、倍増よ」なんて言い出したら、そんな人と、あなたは友達関係続けていこうと思いますか?

短期間に利用者を増やしたい! という提供者側の考えは分かります。だから、安直に「友達に使わせたら、あなたにご利益あります!」なのでしょう。でも、これは完全にネズミ講の初手です。

違うんです。

Mixi は、ソーシャルなネットワークを提供する場。

つまり。

本来の順番としては、

ねーねー、見て見て、私のお店、こんな感じなの!

と、ユーザーがマイミクに自慢したくなる状態をマイミク誘わずに実現できる手順がメインストリームとして組み込まれていないといけないのです。

具体的には新しく始めた人が、コツコツ自前で自分の満足できる状況を整える。そして、ひとまず他人に見せても恥ずかしくない状態になって、

ねーねー、見て~

とマイミクにアプリを紹介する。そうじゃないと、ソーシャルネットワークの意味がないのです。

これ以上の具体的な指摘は、なんのアプリのことを言ってしまうことになるので、1点だけ。

時間が経過したら溜まる経験値。これだと、一定時間はアプリの画面、ユーザーはアプリの画面見ないですぜ。そうじゃなく、画面遷移起こしながら、ユーザーのアクションによって変化が起こる仕組みを組み込んだ方がよくありませんか?

いや、この日記はアプリ提供してる人、ましてや下請けとしてアプリ開発してる人に対する愚痴ではありません。

むしろ、Mixi本体。

自ら提供しているはずのソーシャルな関係をネット上に築くサービスを、自分自身で否定するようなここ最近の施策。何を、どーしたいの?

これが分からない以上、僕の所に営業に来られても「よく、お越しくださいましたね~。お茶でもどうです? ぶぶづけ食べはります?」な感じですし、開発案件として持ち込まれても、「ほんまに、おもしろそーですなー。できたらどないなりますのん? うち、よーわかりませんは~」とお断りしています。

この日記で、Mixi 強制退会になったら、ホント、お笑いぐさってことで、ご記憶にとどめていただけると幸いです。

いや、ホント、我に返ってください。実はマイミクが壺売り候補だったなんてことを知らしめるサービスを提供させて、Mixi は何がしたいの? 友情破壊? なに、それ?

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2010.04.17

昨日の「お前が言うな!」シリーズ その1

1971年生まれ。39歳になりましたよ。めでたい(何が?)

ともあれ。

1971年生まれ、典型的なノンポリ無党派層。選挙の時なんか、微妙に泡沫候補に投票してしまうこともしばしば。議会なんて、魔女の釜状態で、いろいろ雑多なのが混じってた方がいいっしょ?という感じです。

さて。

我が国の首相が、後援会の中の人に対して、こんなこと言ったらしいです。

「普天間なんて皆さん、知らなかったでしょう? それが国民の一番の関心事になること自体、メディアが動きすぎていると思っている」

うひひw

八ッ場にせよ、普天間にせよ、選挙でピックアップしたのはどなたでしたっけ? 選挙終わったら、そんな地名聞いたこともない? あらら。

僕は民主党に政権交代したこと自体は悪いことではないと思っています(と言いつつ、前回の選挙で民主党には投票しなかったのですけれど)。それは自民党時代に「普天間? 八ッ場? どこそれ?」な人たちが、実際にそこに暮らしている人たちの苦労を知ろうともせず、「お前らの手前勝手な言い分聞いてたら、国益損なうよ。自分勝手なこと言ってるな! この非国民め!」と言ってきたことに待ったをかけられる可能性があったからだと思っています。

ところが。

「普天間、どこそれ?」

と言い出す、我が国の首相(政権交代したのに)。

ところで。

八ッ場、その後どうなってるの?>マスコミの中の人

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2010.03.27

例の「0120-835-078」から電話が来ましたよw

正直年度末進行状態。本当に正直テンパっています。

そんな僕のiPhoneに着信がありました。この忙しいところに別のトラブルが発生したのか? とかビクビクする瞬間です。

相手側の電話番号は連絡先に登録されていない相手でした。

0120-835-078

これです。

「0120」???

これってフリーダイヤルですよね。意味が分からないものの、 もしかしてクライアントの誰かが間違えて本来の会社の電話番号からではなく、 本当に緊急の事態なのでフリーダイヤルな電話番号からかけてきたのかも!?

急いで電話に出ました。

ところが。

ざー!

ざーっという雑音しか流れてきません。もしかすると相手は駅とか繁華街とかそんなところからかけてきているのかもしれない(いやまぁ、 フリーダイヤルなんだから、そんなところからかけられずはずないのですけれど、とは言いつつ、こちらもテンパっているので)。そう思って、

「もしもし、とみくらです。もしもし。聞こえますか?」

しかし、相変わらず電話の向こうは「ざー」っと言ったまま。

なんだ、これは?

いったん電話を切り、すぐにリダイヤルしようかと思ったものの、やはり「0120」が気になります。 Google先生に問い合わせてみました。

すると、どうやら

http://ameblo.jp/evolution114/entry-10363923130.html

こういうことのようです。簡単に言っちゃうと、ソフトバンクな所からの勧誘電話のようです。でもって言えば、おそらくは 「iPhone 買ったの? だったら、YahooBB にしない?」という感じのようです。

へー。ソフトバンクって、グループ内なら個人情報使い回しなんだ~。

ニヤニヤ。

ただ、ちょっと困るのは、今現状、iPhone では、 通常のソフトバンク携帯のような着信拒否の設定をどうすればいいのか分からないことです。ただでさえバッテリーの消費が激しいiPhone。 たとえ出ないとしても、ひとまず着信のお知らせはあるわけです。 よりにもよってiPhoneを提供している会社からの不要な営業電話によってバッテリー消費させられるわけで……。

ソフトバンクって、ちっともエコじゃない!

ジョブズ君、提携先見直した方がいいのでは? 少なくとも僕は iPhone で Gmail に統一しようと思っているので、 @t.vodafone.ne.jp が使えなくなっても痛くもかゆくもないです。

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教育関係の皆様へ

この件、詳細はまだよく分かっていないのですが……。

● 校庭に無断でミカン苗木130本 男性、土地所有権を主張 via asahi.com
 http://www.asahi.com/national/update/0325/SEB201003250014.html

どうやらことのあらましはこんな感じのようです。

  1. 男性の父親が1925年に土地を学校用敷地として売却
  2. ただし、(どういうわけか)登記簿の移転は行われていない
  3. そのため、男性が市と教育委員会に買い取りを求めていたが、受け入れられないので苗木を植えた

これだけ聞くと、男性側の主張が悪質なクレームに近い感じなわけで、実際、asahi.com は「無断で」 と強調しているわけです。

ところが。

どうもこの男性一家はこれまでずーっと当該の土地の固定資産税を支払ってきたとのこと。おや?

まず気になるのは、日向市はどうして「すでに売却済みだから、改めて買う必要ない」と言う一方で、問題の男性一家に 「当該の土地はあなたのものだから固定資産税を支払え!」と言ってきたのでしょう? 同じ市役所でしょ? どうして横の連携ないの?  税務課は男性に対して「お前の土地だ!」と言ってきたわけでしょ? なのになぜ別部署になると、「あれはお前の土地じゃない!」 と言うのだろう。

そして教育委員会。

「この土地以外にも、学校敷地内には他人名義の土地が3筆ある。登記簿では、男性とは別の2人が所有していることになっているが、 所有権を主張されたことはない」

えっとね、えっとね、それはおかしな主張ですよね? 登記簿に記載されている人に土地の所有権があるというのが、 本来の登記の主旨なのでは? ところが、「登記簿なんて関係ない。だって、ずーっと俺たち使い続けてきたんだもん!」と主張される。うーん、 それってどうなんだろう?

無論、情報の少ない中で言えば、落ち度は男性側にあると思います。売却したのなら、登記簿も売却した現実にあわせて移転すべき。 それを怠っていただけの話です。

ただ。

教育委員会。言い換えれば、戦後の民主主義を教える先生達のありかたを決める組織です。そこが、「税金払わなくてラッキー!」 で登記簿の移転を行ってこなかった。それってどうなの? 無論、組織としては税金払わずに土地を利用できるのだからお得です。そして、 市としては、学校が所有する土地に税金かけられないので、あくまでも個人の所有物としておいた方がお得です。

でもさ、これって組織の利得のために個人に負担を強いるわけです。

現代的な民主主義って、この種の「最大多数の最大幸福」 で少数者に負担をなるべく強いることがないようにみんなで知恵を絞るのが建前なのでは?  そのことを教えるはずの教育者のあり方を決める教育委員会が、

「自分達にとってたとえ不利になるとしても、現行法に順法精神で対応する」

問題となっている男性だけでなく、まだ2人、登記簿上の移転がなされていない人がいると分かっているのだから、 件の男性も含めて登記簿の移転手続きを行う。過去の現実と登記簿上の相違によって個人に負担を強いてきたのだとしたら、それを保証する。 どうしてこちらの選択にならないのだろう?

教育委員会は教育委員会で「自分達が得だから(法律の細かい違反くらい)いいよね~」。こんな感じ。そして先生達の組合は組合で、 「組織のためになる政治活動なんだから、法律守らなくてもいいよね~」。教える人も、教える人を指導する人もこんな感じ。さて、 こんな人たちに教わる子供達、「法律? なにそれ? 要は(違反が)見つからなきゃいいんだよね」と言い出したとしても、 なんら不思議じゃないわけで……。

法律を守るってのは、場合によっては自分にとって、不利になることだってあります。でも、それでも法律は守らなくちゃいけない。 その建前を教える側の教育関係者の皆様、今一度、ご自身、法律遵守について少しだけ立ち止まって考えて欲しい。そんな風に思う今日この頃。

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