« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月

2008.04.30

【更新記録】読後感想:大倉崇裕『オチケン!』

 大倉崇裕 『オチケン!』(理論社)読了。

 ドラマ『タイガー&ドラゴン』以来、落語ブームが続いているようです。落語好きとしてはこの状況を好ましく思うものの、 とは言いつつ手放しで喜んでいるわけでもなく、なんとなく微妙な気分になっています。

 さて、本書は落語を題材にしたミステリーです。

 ひょんなことから大学の落語研究会(オチケン) に入部する羽目になった主人公が遭遇する奇妙な事件を落語のネタを元に解決していくというものです。

>>続きは本家サイトでご覧ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.28

【サイト更新記録】読後感想:フルニエ『ぼくの最後の黒い髪』

ぼくの最後の黒い髪

 フルニエのぼくの最後の黒い髪 (ランダムハウス講談社)読了。

 読後、最初の感想は、

頭のいい人は、同じ結論に達するものらしい。

というものでした。

 本書はフランス人が書いたエッセーです。タイトルからも分かるとおり、中年から老年にさしかかった人物が、 今の世の中について皮肉を交えた苦言を呈するというものです。

>>続は本家サイトでご覧ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.07

[SPAM?] 春の交通安全運動

 こんなメールが届きました。ちなみに、Popfilter ではスパム扱いされてしまっています。

表題:春の全国交通安全運動
送信者:NPO法人飲酒防止対策振興会
初春の候、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
大変お忙しいところ突然のメールで失礼します。
NPO法人飲酒運転防止対策振興会(http://ddca.jp/) では、飲酒運転撲滅のための『飲酒運転ゼロ宣言』(http://ddca.jp/zero.php) をする宣言者と協力者を募集しています。
このメールは、そちら様のホームページを拝見して、送らせて頂きました。

飲酒運転をなくすための対策として罰則強化が図られましたが、罰則強化だけでは限界があります。 全てのドライバーが自らの自覚に基づいて宣言者になれば、飲酒運転を撲滅出来ます。『飲酒運転ゼロ宣言』は、 少しでも安心して暮らせる社会を実現する運動です。

多くの企業や団体、個人の方々に『飲酒運転ゼロ宣言』をお願いしています。
その上ぜひ、社会全体への意識啓発の一貫として、多数のホームページに当会バナーを掲載して頂きたくご依頼しております。
『飲酒運転から子どもの命を守る』ために、是非とも貴ホームページにも御記載して頂き、皆様にも同時に『飲酒運転ゼロ宣言』 をお願い申し上げます。


NPO法人飲酒運転防止対策振興会
〒515-1412 三重県松阪市飯南町向粥見166ー1
Fax: 0598-32-8701 E-mail: info@ddca.jp
HP: http://ddca.jp/
尚、お電話でのお問い合わせが同時多数になり、対応しきれなくなる為に誠に申し訳ありませんが、お問い合わせやご連絡につきましては、 メール及びFAXで頂きますのでよろしくご了承下さい。

【HP添付用タグ】
<a href="http://ddca.jp/zero/"><img src="http://ddca.jp/imgs/z_banner2.gif" alt="飲酒運転ゼロ宣言をしてください" border="0"></a>

 Popfilter でスパム扱いされた理由は、おそらく送信者の設定でメールアドレスが設定されていないことだろうと思います。 なぜあえてこの飲酒運転防止対策振興会の事務局が送信者のメールアドレスを設定していないのか、理由は定かではないのですが……。

 ともあれ。

 サイトをご覧いただければ分かるとおり、活動の趣旨そのものは誰にも批判できないような立派なものです。これを否定しようとすると、 飲酒運転賛成なのかと詰問されかねない感じですから。

 しかし。

 このキャンペーンでメールアドレスと氏名を登録させようとしているにもかかわらず、 キャンペーン開始から半年が経とうとしている現在においても、この団体は個人情報の取り扱いについて沈黙を保ったままです。 大丈夫なんですか?

 少なくとも僕は、僕のサイトを楽しみにして来てくださってくれている方々に、余計なリスクを負わせるのは本意ではないので、 このキャンペーンへの参加は辞退させていただきます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.04.04

光市の母子殺害事件について

 僕自身、これまで人を殺したことはありません。

 血を見ると気を失いそうになるヘタレな性分。痛くするのも、痛くされるのもごめんこうむりたいと思うようなタイプ。できれば、 これからもこの種の話から無縁な人生を送りたいと思うわけです。

 とは言うものの、人間ですから、常に理性的な判断を行えるわけではないでしょう。かっとして、押し倒したら当たり所が悪くて…… とか、とっさに手近にあったもので……なんてことは、充分考えられるのかなと思います。

 しかし、光市のあの事件は、今言ったこととは全然違うのではないかと思います。

 さらに言えば。

 僕が好きな人が強姦された。それだけで僕にとっては、加害者に対してどうしようもない気持ちになります。ましてや、 彼女が相手を拒否した結果、殺されてしまった。彼女の無念な気持ちを思うと、気が狂いそうな気持ちになります。さらにこの事件で言えば、 好きな人との間にできた子供まで殺されてしまっているわけです。もうね、被害者の遺族の方の心情を思うと、 いたたまれないという言葉が陳腐なほど、やるせない気持ちになるわけです。

 僕自身は死刑廃止論にどちらかといえば共感します。しかし、死刑廃止の活動は立法の場で行うべきであって、 個別の事件の司法判断の場で行うべきではないと考えています。なぜなら、まさに光市の事件がそうであるように、個別の事件に立ち入った場合、 加害者を憎んでも憎み足りないという被害者遺族の感情の前には、どのような理性的な理屈も無力だからです。

 僕は加害者の弁護をするなと主張しているわけでもありません。一見、誰がどう見ても有罪だと思われる犯罪者であっても、 弁護される権利は有するべきだと思います。しかし、それは被害者とその遺族を不当におとしめない範囲での弁護であるべきだと思います。 「復活の儀式で死姦した」とか、ましてや「(被害者女性が)我が身を守るために赤ん坊を投げつけた」なんてことは言って欲しくないのです。 それを聞かされた遺族はどう思うでしょう? ましてや被害者の女性と子供が生きていたら、なんて言うでしょう? 死人に口なしだからこそ、 弁護士は死者の尊厳は守って欲しいと思うのです。

 正直、光市の事件の弁護団の発言を聞くと、腹立ちを通り越して嘔吐感を覚えます。懲戒請求は却下されたとのことですが、 弁護士会の方々、死者の尊厳を損なってでも弁護するのが弁護士の本分と本気で思われているのでしょうか?

 と言いますかね、もし僕が同じ立場に置かれたら、今の弁護団の発言を聞くにつれ、

「もうね、裁判はいいよ。有期刑でもいいよ。その代わり、出所してきたら襲うよ。それで返り討ちにあって殺されてもいいし、 本懐を遂げて加害者を殺して、それで有罪になって死刑になってもいいよ」

という気持ちになると思います。これって自ら司法の価値を否定していることになりませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »