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2010年4月

2010.04.29

この道はいつか来た道

先日、あさりよしとおの毒入り 錠剤篇を読み終えました。

彼がアニメ界の状況を嘆く中で、こんなことを書いていました。

ダンピングがなされている。だから、制作会社はより安い労働力の源としてアニメ専門学校に仕事を任せる。結果として、質の低い作品がぞろぞろ出てくる。

あさりよしとおが指摘しているのは、この構造が「誰にとっても非がない」 しかし、それによって、業界としてはデフレスパイラルに陥っていく。そして「非がない」からこそ、この負の連鎖を止めることができないことです。

どういうことかというと、仕事を任された専門学校。「実地の教育ができる」 学生にとっても「自分の作品がテレビで放送されている」 そして企業にとってはカツカツの予算の中で「とにもかくにも大赤字にならずにすむ」 誰にとっても悪い話ではありません。

専門学校にしてみれば、机上の空論ではなく、今現在商品として成立する作品の創作方法を教えられるのは我が校と宣伝できますし、学生にとっては(これは何か物作りをしたことがある人なら感覚、分かってもらえると思いますが)、たとえ一部であっても自分が関与したものが、テレビで流れている。これほど嬉しいことはありません。

一般論として、仕事の役に立つかどうかではなくて、まさに「仕事をさせる」ことによって生徒の能力を高めることは誰しも首肯されることでしょう(OJTを否定する人がいないように)。

さて。

この手法はゲーム業界でも全く同じ枠組みで再現されました。

さて。

ブログとかTwitterとか、どうも同じ枠組みで再現される方向にあるようです。

どういうことか分からない方、最近、グーグル先生(あるいはヤホー)におたずねして、なんだか似たようなサイトがざら~っと出てきませんか? Wikipediaのコピペじゃん! みたいな。

「インターネットはからっぽの洞窟」

かつてこれに僕は違和感を感じていました。今でも違和感を感じています。でも、からっぽの洞窟になりつつあるのかもとも思うようになってきました。えるえふえむ?

いや、ホント、普通に感じたこと、考えたことを書いて欲しい。たとえそれが、「うちの子供、可愛いでしょ!」でも、「うちの猫、すごくやんちゃ!」でも、「うちのワンちゃん、ちょーお利口」といったことでも構いません。多くの人にとって取るに足りないことでいいんです。チラシの裏で充分。そうした「どーでもいいこと」の発信と蓄積がインターネットの可能性だと僕は思っています(この辺は、歴史学の一派であるアナール学派の方なら同意してもらえるのではないかと思うのですが)。普通の人の普通の日常が記録されていく。残されていく。これは本当にすごいことです。

何がすごいのか分からないとおっしゃる方。例えば、松尾芭蕉の俳句ならそらんじられるものもあるでしょう。古池や蛙飛び込む水の音。でも、同時代の熊さん(職業:大工)が、どんな俳句詠んだか、ご存じ? 知らなくて当然です。僕も知りません。そして、2010年の現在、熊さんが酔っぱらって月を見たときに詠んだ俳句を知る術はなにもないのです。だって、残されていないのだから。

インターネットとそれを支える記録媒体の発展。多分、いろんなものをそのまま残すのではないかと思います。

いや、僕が死んだら、僕のサイトは閉鎖されますし、死ぬまでもなく、Nifty退会したら、僕のサイトはその時点で消滅です……とかつては思っていましたが、国会図書館のアーカイブとやらに、少なくとも「古典落語ネタ帳」は残るようです。

これは、特定の特別なサイトだけではなく、方向性としては、全てのサイトを残す方向に動いていくのではないかと僕は思います。だって、僕の「古典落語ネタ帳」を残して、別の誰かのサイトを残さないのは何故? と「残す・残さない」の基準はすごく曖昧です。曖昧である以上、人間って「残す」方向に動きがちです。だって、ほら、押し入れの中に使えるかどうか分からない紙袋とか、段ボールとか、包み紙とかとってあるでしょ? いやまぁ、昨今流行りの事業仕分け人なら、

「そんな誰が書いたか分からないもの、残す価値なし!」

と一刀両断に切り捨てられるかもしれませんが……。

閑話休題。

「どーでもいいこと」が記録されていく。だから、Wikipediaのコピペみたいな「どーでもいいサイト」だって記録されていっても問題ないのでは? それはそうなんです。そうなんですけど……。でも、なんか違うよね~。発信したいことがあるから発信するであって、注目集まってるから発信するじゃないですよね? ましてや、その発信内容が自分のオリジナルじゃなくて、どこかのコピペって……。

厄介なのは、LFM関与なのか、そうじゃないのか。現状僕には判断つかないところなわけで。そして、それがどうも素敵企業に利用されているようで……。

あー、でも、これほど賢いビジネスはないか。

クライアントからお金もらう。そこから成果報酬としてライターにお金を支払う。ライターは自分の書いた物を宣伝するために自ら宣伝広告をうつ。媒体としては理想的かも。媒体提供者(あるいは広告代理店)として、こんないい話はないか。

テレビを始め、既存マスメディアがCM枠確保するために、どうやって番組(ないし媒体)を宣伝するかで四苦八苦というか、むしろ最近のテレビで言えば、CMに回せばいいはずの枠を自社番組の宣伝に回さざるを得ない(結果、本来のCMクライアントの露出は減る)、番組宣伝枠を確保するための番組を作り、番組宣伝枠を確保するための番組を宣伝する枠を取るなんて、泥沼なことになっている現状。番組作ってる人に身銭切らせて宣伝させる手法って、ホント、いいんじゃない? Twitterで炎上しちゃったけど。

でもね、これ。

小劇団の団員に、自分が出演する公演のチケットを買わせて、それを売っ払ってきた分が、お前の駄賃だってのと一緒ですぜ? 上場会社のやるこっちゃない。

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2010.04.24

ここ最近のMixiあぷりについて

マイミクさんから紹介されたアプリ。どれのことかは、紹介してくださった(おそらく開発に携わられた)方の名誉のために書きませんし、逆に紹介してくださった方、最初に謝っておきます。ごめんなさい。ここから苦言書きます。そういうのを聞きたくないのなら、ここでこの日記から立ち去ってください。

 

 

 

 

 

 

 


さて。

Mixi アプリ。

僕の所にも営業来ています。だから、お金の入り方についても、一応理解したつもりです。

で。

現状、僕の感覚で言えば、そのお金の取り方って、ユーザーをバカにしてるよね~と思っています。だから、僕は現状、「見」です。だって、僕はイヤだよ。自分が作ったものを使ってくれてる人が「バカだ!」という前提でサービスを展開するなんて。いや、だって、ホント、イヤでしょ。バカ相手ならバカなクレームが来て当然。バカだから相手しない? いやいや。バカ相手に商売始めたんだから、バカの相手してやろうぜ。言うまでもなく、バカを相手にすることほど疲れることありません。アプリの中の人、本当に疲れます。

ただ、これはアプリ提供者側の問題ではなく、Mixi のビジネスモデル自体がおかしいと僕は考えています。いや、Mixi は賢いのです。バカを直接相手にしないように、矢面にバカを立たせる。なんともはや。


その上で。

アプリ内のコンセプトとして、一番やっちゃいけないのは、

次、新しいことをしたいのなら、マイミク引っ張ってこい!

これは絶対にやっちゃダメだと僕は考えています。理由を説明するのも億劫ですが、これはもう完全にネズミ講の初歩だからです。

勿論、法律で言うところのネズミ講は、孫が発生するか否かなので、現状の Mixi アプリではその手の「孫ができたらじいちゃん、ウハウハ」なアプリはないようですが、それでも、少し考えれば、ユーザーとしてにっちもさっちもな状況になること分かりますよね?

Aさんからアプリ紹介されたBさん。次のステージに進むためにCさんを引き込む。Cさん、同じように次のステージに進もうとAさんに……? あれ? Aさんは、もうアプリ使ってるんだ!? あれ? 私、次のステージに進めないの?

Mixi は現状どうなっているかはともかく、建前上は SNS です。ソーシャルなネットワークを提供するサービスです。

さてだ。

もし、あなたのお友達が、「ウフフ。この壺買わない? ご利益あるわよ。それでもって、壺、仕入れて、いろんな人に売らない? ご利益、倍増よ」なんて言い出したら、そんな人と、あなたは友達関係続けていこうと思いますか?

短期間に利用者を増やしたい! という提供者側の考えは分かります。だから、安直に「友達に使わせたら、あなたにご利益あります!」なのでしょう。でも、これは完全にネズミ講の初手です。

違うんです。

Mixi は、ソーシャルなネットワークを提供する場。

つまり。

本来の順番としては、

ねーねー、見て見て、私のお店、こんな感じなの!

と、ユーザーがマイミクに自慢したくなる状態をマイミク誘わずに実現できる手順がメインストリームとして組み込まれていないといけないのです。

具体的には新しく始めた人が、コツコツ自前で自分の満足できる状況を整える。そして、ひとまず他人に見せても恥ずかしくない状態になって、

ねーねー、見て~

とマイミクにアプリを紹介する。そうじゃないと、ソーシャルネットワークの意味がないのです。

これ以上の具体的な指摘は、なんのアプリのことを言ってしまうことになるので、1点だけ。

時間が経過したら溜まる経験値。これだと、一定時間はアプリの画面、ユーザーはアプリの画面見ないですぜ。そうじゃなく、画面遷移起こしながら、ユーザーのアクションによって変化が起こる仕組みを組み込んだ方がよくありませんか?

いや、この日記はアプリ提供してる人、ましてや下請けとしてアプリ開発してる人に対する愚痴ではありません。

むしろ、Mixi本体。

自ら提供しているはずのソーシャルな関係をネット上に築くサービスを、自分自身で否定するようなここ最近の施策。何を、どーしたいの?

これが分からない以上、僕の所に営業に来られても「よく、お越しくださいましたね~。お茶でもどうです? ぶぶづけ食べはります?」な感じですし、開発案件として持ち込まれても、「ほんまに、おもしろそーですなー。できたらどないなりますのん? うち、よーわかりませんは~」とお断りしています。

この日記で、Mixi 強制退会になったら、ホント、お笑いぐさってことで、ご記憶にとどめていただけると幸いです。

いや、ホント、我に返ってください。実はマイミクが壺売り候補だったなんてことを知らしめるサービスを提供させて、Mixi は何がしたいの? 友情破壊? なに、それ?

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2010.04.17

昨日の「お前が言うな!」シリーズ その1

1971年生まれ。39歳になりましたよ。めでたい(何が?)

ともあれ。

1971年生まれ、典型的なノンポリ無党派層。選挙の時なんか、微妙に泡沫候補に投票してしまうこともしばしば。議会なんて、魔女の釜状態で、いろいろ雑多なのが混じってた方がいいっしょ?という感じです。

さて。

我が国の首相が、後援会の中の人に対して、こんなこと言ったらしいです。

「普天間なんて皆さん、知らなかったでしょう? それが国民の一番の関心事になること自体、メディアが動きすぎていると思っている」

うひひw

八ッ場にせよ、普天間にせよ、選挙でピックアップしたのはどなたでしたっけ? 選挙終わったら、そんな地名聞いたこともない? あらら。

僕は民主党に政権交代したこと自体は悪いことではないと思っています(と言いつつ、前回の選挙で民主党には投票しなかったのですけれど)。それは自民党時代に「普天間? 八ッ場? どこそれ?」な人たちが、実際にそこに暮らしている人たちの苦労を知ろうともせず、「お前らの手前勝手な言い分聞いてたら、国益損なうよ。自分勝手なこと言ってるな! この非国民め!」と言ってきたことに待ったをかけられる可能性があったからだと思っています。

ところが。

「普天間、どこそれ?」

と言い出す、我が国の首相(政権交代したのに)。

ところで。

八ッ場、その後どうなってるの?>マスコミの中の人

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