日記・コラム・つぶやき

2009.11.29

浅枝さんへ

なんだかな~。

●http://twitter.com/asaeda/status/6044473110 via Twitter
@tomikura 現在出張中なので、 帰国後自分の本を記憶のアーカイブがわりに一度読み直してみようかと思います。ただ、チャレンジする人、 リスクを取る人を小馬鹿にするのは印象良くないと思いますよ。まぁそれもリスクと解釈できますが。

前の記事 (http://tomikura.cocolog-nifty.com/main/2009/11/twitter-0507.html) で、僕は小馬鹿になんかしていません。むしろ、大馬鹿者だと言ったつもりです。

僕が指摘したのは、 以下のつもりです。それを理解されなかったとしたら、僕の文章力のなさなので、その点はお詫びします。

  1. 自分でコントロールできないプラットフォームを他人に勧めたのは何故?
  2. そのプラットフォームがニッチモサッチもな状態になったときにどう責任を果たされたの?

僕は新しい技術やサービスを提供しようとした人を馬鹿にすることは絶対にありません。 まさにチャレンジです。結果として失敗したとしても、その結果に対する(商業的な)責任は別として、 試み自体は正当に評価されるべきだと思います。ですから、「セカンドライフ」という場を作ったLinden Labについて、 どうこういうつもりはありません。また、 新しい技術やサービスによって提供されたプラットフォーム上で身銭を切って頑張った人も馬鹿にはしません。行けると思ったからこそ、 自社の命運を託した。その判断が正しかったかどうか、商業的な責任は結果として引き受けられているわけです。

ゲーム業界の例で言います。

ハードメーカー。 「これで行ける!」と判断して、開発・生産をして、市場に出した。市場(ユーザー)が「No」を突きつけたとしても、 自己責任は果たしているわけで、「やることはやった!」と胸を張っていいと思います(あぁ、無論、セガの二の舞になりたくないのなら、 なぜダメだったのかは反省すべきだとは思いますけれど)。

ソフトメーカー。 「このプラットフォームなら行ける!」と判断して、対象となるプラットフォーム向けのソフトを開発・生産して、市場に出した。 ソフト自体は市場から「Yes!」だったけれど、プラットフォーム自体が「No!」だった場合、とは言いつつ、 これはこれで自己責任を果たしているわけで、「やることはやった!」と胸を張っていいと思います。無論、「提供先のハードを間違えたね」 との批判は甘んじて受けるべきかと思いますが、他方で「技術的にこのハードでしか実現できない!」のなら、なるほど、なるほどと思います。

でもね。

「どりきゃす、 最高っすよ!」とソフトメーカをたきつけた(自称)コンサルな人々、僕は

地獄に堕ちろ!

と思います。

くどいですが、 Dreamcastを開発したセガを悪く言うつもりはない。そして、Dreamcast向けにソフトを提供して、結果、 大赤字になったソフトメーカーの経営者を悪く言うつもりもありません。経営者として「行ける!」と思ったからこその判断で、 結果としての責任は、それぞれがそれぞれの方法で責任を果たされています。ましてや、実際の物作りをされた開発者の方々について、 「馬鹿じゃないの?」なんて言葉を浴びせかける方が、僕は馬鹿だと思います。

でもね。

「どりきゃす、 最高っすよ!」と言っていたコンサルな人々、ドリキャスが転けようが、転けまいが、お金もらってましたよね。で、転けた後、 もらった先にお金返しましたか?

以上が前置き。

さてだ。

なんか「チャレンジする人、リスクを取る人を小馬鹿にするのは印象良くないと思いますよ」 とか言っている浅枝さん。リスク取ったの? セカンドライフを提案したとき、現状、 こうなるって予測した上での提案だったの? 2009年の現状を見通した上での価格設定だったの? 提案したときは、「これから、 どんどんセカンドライフですよ。うはうはですよ。先行投資ですよ!」な見積もりではなく?

●http://twitter.com/asaeda/status/6044376607
@tomikura セカンドライフブーム時はメディアに掲載されるという点で、広告宣伝の場として実際に成立しています。それ以後の利用に関しては、 別の価値を提供するか、役目を終えて終了させることを提案しています。 セカンドライフ=広告宣伝のイメージがメディアの犯した間違いです。

うわー! ねーねー。浅枝さんが提案した先のクライアントさんに対して、 こんなことを言って忸怩たる思いしないの? それとも、本当に上記に書かれたとおり、

「おれ、悪くね。こーなっとのも、メディアが悪いんだよ!」

と本気でおっしゃってる? それなのに、ご本人はそんなメディアで1冊書かれているわけですよね? なに、 それ?

繰り返しますが、セカンドライフを提供した中の人、そこに身銭切って出店した人、そして当然のことながら、 セカンドライフにアバター作った人を馬鹿にする気はまったくありません。それぞれ自己責任で「おもしろい!」 と思ったものにチャレンジされたのだと思います。でもね。

浅枝さん(と言うか、あなたの会社か)。お金出したの?  セカンドライフに可能性を見いだした人からお金をもらっていたのではないの?

あのね、違うんだ。

新しい者にチャレンジする!

これは大切。僕はそんな人に喝采を送ります。

でもね。

あなたのやったことって、結局の所、

人柱、 見つけてきましたよ

なのでは? そして、そんな人柱に対しては「いける、いける。ダイジョブ、ダイジョブ」で、 人柱が撃沈してものうのうと生きていて、その上で

●http://twitter.com/asaeda/status/6044376607
@tomikura セカンドライフブーム時はメディアに掲載されるという点で、広告宣伝の場として実際に成立しています。それ以後の利用に関しては、 別の価値を提供するか、役目を終えて終了させることを提案しています。 セカンドライフ=広告宣伝のイメージがメディアの犯した間違いです。

こんなこと言い出すわけで、人柱になった当時のクライアント窓口の方々に面と向かって、 シラフで相対できます? できてしまうんですよね、きっと。そういう厚顔無恥なんですよね。

あなたは、なんらリスクを負ってないですよね? 自腹切ってないもん。 セカンドライフを提案した先からお金もらってウマーでしょ? え? コスト割れだった? それはあなたの見積もりの悪さでしょ?  セカンドライフとは全然関係なく、あなたの「経営者」としての資質を問われるだけなのでは?

●http://twitter.com/asaeda/status/6044473110 via Twitter
@tomikura 現在出張中なので、 帰国後自分の本を記憶のアーカイブがわりに一度読み直してみようかと思います。ただ、チャレンジする人、 リスクを取る人を小馬鹿にするのは印象良くないと思いますよ。まぁそれもリスクと解釈できますが。

チャレンジした人を馬鹿にしているのは、どっち? 少なくとも、あなたはチャレンジしてないし、 リスクとってません。どんなチャレンジをして、どんなリスクを取ったのか、ご説明願えると幸いです。

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2009.08.09

悪いが死ねばいいのにと言うのは言い過ぎ

薬物中毒。

この件、刑事犯罪においては、数少ない「被害者がいない」案件です。

「いや~、芸能界、いろんなプレッシャーあるよ。薬物に頼るのも分かる気がする……」

そーかもね~。

と言いたいところですが、

ばかか?

薬物買ったお金、どこに流れてるの? 誰が得してるの?

プロアマ問わず、変な壮士気取りしている連中に限って、薬物に関しては甘々なことをぬかしているようで、結局お前ら、 右にせよ左にせよ、アウトローなやからを応援していることになぜ気がつかない? 民主主義で法治国家の日本で暮らしてきて、 煙草はダメで薬物については大目に見てあげよう? なにそれ? 「なにそれ?」と僕はカマトトぶって言っていますけれど、 本当はそういうことなんですよね。

右にせよ、左にせよ、壮士気取り。アウトローと密接に結びついているんですよね~。

だったらなおさら、表舞台でコンコンチキなことスピーカーでがなりたてるんじゃねーよ。それでもって、したり顔でテレビに出てくるな。 つーか、ニュース番組とかワイドショートかしらないけど、所詮、ドロップアウトしてしまった人に、 社会一般の倫理についてコメントさせているのは、どういうことなのか説明して欲しい。 ドロップアウト組に社会一般の倫理や常識をどんどん下げさせている責任をどう取るおつもり?

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2009.08.08

なんだかなぁ

陰謀とか謀略とかいうのは、僕の好みではないですが……。

今月、選挙っすよ?

たかだか一個人の麻薬所持云々。そんなのさっさとしょっ引いておしまいっしょ。つーか、薬物を入手できる環境にいるヤカラ、ホント、 鬼籍に入れ。どうせ薬物入手できることをアウトロー気取りで特権みたく自慢していたんだろ。いいよ、薬物中毒起こして死んじゃえば。

なんて言うのは、暴言ですかねぇ。でもさ、他の犯罪とは異なって、この種のものって被害者いないんですよね。 売り子も買い手もアウトローで、本来マスメディアというか、ジャーナリストが報道すべきは、

所詮、芸能人なんてドロップアウト組なんですよ。そんなのに憧れちゃいかんのですよ!

というのが、公共メディアの一端を担ってる(自称)メディアのすべきことなのではないかと思うのですが、違うのでしょうか。

と言うか、ここ最近、街中で

「相続税廃止します。贈与税廃止します。これで、皆さんの財産アップ!」

とか宣伝している車がうるさくて仕方がないのです。

相続税廃止されてウハウハなのは普通の市民じゃなくて、お金持ちな人たちですよね? ましてや贈与税? あー、贈与して欲しいんだ。 だが断る!

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新しい裁判員制度による裁判終了に寄せて

新しい裁判員制度による裁判の第1回目が終了しました。

最初に断っておくと、僕自身は裁判員制度に賛成しています。理由は単純で、

一人の天才の出現を待つより、三人寄れば文殊の知恵の方がなにかとリスク低いのでは?

ということです。

ともあれ。

裁判員制度が始まって、少々心配しているのが、刑事事件における地裁の存在価値がますます軽視されることにならないかという点です。

司法専門家が、自身の仕事がやりにくくなると思って裁判員制度に反対しているのなら、最も効果的な反対活動は、控訴審において

「第1審は事実認定において重大な事実誤認がある」

と主張することだと思います。これは裁判官、弁護士、検察、どの立場であっても。

これを連発して、一つでも第1審を覆すことができれば、

「ほら見たことか。素人に任せるから、こんなことになるんだぜ!」

とアピールするのが一番よろしいかと。少なくともこの暑いさなか、裁判所の前でシュプレヒコールあげて一般市民である裁判員を威嚇するやり方よりは、こちらの方が効果的だと思いますが、いかがなものでしょうか?(誰に対して投げかけているかは、ご想像にお任せします)

ま、なんだ。

熱しやすく冷めやすいマスコミの中の人。回数を経るにつれ、取材合戦にも飽きてくるでしょうし、他にもっと飛びつきやすい案件も出てくるでしょうから、そちらの方は心配していないのですが(それでも、裁判員の素顔を全国に公開したテレビ局の放送倫理に関してはどうかと思いますけれど)、この事件のここから先、どういうことになるかで、司法改革の本気度が試されるのだろうなと、多分、数年かけてのことになるのでしょうが、少し注意してみていくことにします。

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2009.06.25

地方分権はまだまだ先のようです

 例の東国原知事が発言した件について、いろいろと皆さん、ご意見あるところでしょう。

 さて。

 東国原氏という個人をいったん横に置いて、地方の首長と国家の首相、さて、何が違うんだろうというのが今日の日記。

 言うまでもなく、地方の首長と国家の首相では、権限の範囲が異なります。

 地理的に影響を与える範囲が特定地域だけにとどまるのか、全国かという点がまず違います。言い換えれば、首長は、 都道府県内の利害調整をすればことすむのに対して、首相は都道府県間、あるいはもっと錯綜した利害関係を調整する能力がいる。

 なるほど。と言いたいところですが、ちょっと待って。

 例えば僕の出身地の京都で言えば、京都市の人の要望と与謝郡の人の要望ってかなり大きな違いがあると思います。 前者は都市部の人の要求。冷たい言い方をすれば、「より便利(快適)に生活できることを考えて欲しい」。そんな風に思います。後者は、 より切実な要求。「最寄りの駅まで車で1時間。無医村。生命に関わることをなんとかして欲しい」 でも、後者は人数的に言えば少数者です。 多くの人(都市部の人)が困っていることと、少数の人が危機を感じていること。さて、政治屋さんとしては、どちらの要求に従います?

 なんて、剣呑なことはともかく。

 複雑さが増すことは確かですが、首長と首相、この点で質的に異なる判断を求められていますか?

 権限的な問題。首相は外交、防衛、金融についても一定の権限があります。地方の首長にはその権限はありません。言い換えれば、 首長は、この種のことを考えなくてもいいわけです。だから、首長と首相は違う。

 僕としてはダウトです。

 首相は全てにおいてオールマイティだったんですか? そして、オールマイティでなくてはいけないんですか? 金融にも精通していて、 刑法にも精通していて、医学にも精通していて、農業についても、産業についても精通している。さらに軍事にも精通している。 そんな首相いままでいましたか?

 麻生氏が、東国原氏の発言を不快に思う。これは当然のことだと思います。「いやいや、俺、結構頑張ってるよ!」 そんな感じなんでしょう。

 でもね。

 たかだかな国会議員が地方の首長をクソミソに言う。これは正直どうかと思いますよ。

 松浪氏とか、所詮提灯持ちの役割どころなのに、水かけるしか話題を作れないような人がしたり顔で、 少なくとも一地方自治体の首長に向かって「顔洗え」。いやいやいや。あなた、そんなに偉い人なんですか?

 国会議員の方が地方自治体の首長よりも偉そうな発言ができる。そんな日本。

 地方分権? まだまだ遠い先のようです。

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2009.06.19

人の死と言うことについて

 ちらっと。

 SF好きの人なら、人とは脳そのもの。たとえ体の全てが失われていても、脳が生きていれば、それは「その人」 であるという考えに共感するのだろうなと思います。

 かくいう僕自身。

 たとえ、普段くだらないことしか考えていないし、また、昨日の考えと今日の考えとは違うにせよ、少なくとも「今、僕は考えている」 からこその僕だと感じます。もし、僕が何も考えられない状態になったとしたら、それはもはや「僕」ではない。そんな風に思います。 直接的な表現は、なるべく避けようと思いつつ、あえて言えば、昨日と違う考えをしている僕は、依然として僕ですが、事故や病気、 その他諸々の理由によって、もはや何も考えられない僕は、もう僕じゃない。もうなにも考えられない時点で、僕じゃなくなる。 そんな風に思います。

そんな「もう僕じゃない」人の横で、まだ色々と考えられる人がいる。ただし、脳以外の問題によって、 今のままだと遅かれ早かれ命を失う人がいる。

「もう僕じゃない」人の部品を、まだ何か考えられる人のために役立てる。

 うん。そうなんだろうなって思いますよ、僕も。

 ましてや、幼い子供さんを持っていて、その子が脳以外の原因で生命が危うい。親としては、助けられるものなら、 できるだけのことをしたい。そう思うのも当然だと思います。たとえ、それが誰かの命を奪うことであっても。

 今回の法改正(衆議院通過状態)では、実際問題として移植可能としただけでなく、 脳以外の理由で生命が危うい子供をお持ちの親御さんの心理的負担(つまり、自分の子供を助けるために誰かを殺した)を軽減 (少なくとも法的には)することになるのでしょう。

 うん。

 ただ、やっぱり僕には解せないこと。

脳が死んだ。心臓は動いている。

 将来、医療技術の発展によって、心臓さえ動いていれば、 脳を再度生き返らせることはできないものなんだろうか。むしろ、本当かどうか分からないけど、お金のある人は、 冷凍保存とかに興味津々なわけでしょ?

 脳以外で生命の危機を迎えているお子さんをお持ちなご両親と全く同じくらい、 脳以外は生命活動を正常に行えているお子さんをお持ちなご両親だって、やっぱりいるわけです。それは近い将来、もしかしたら、 脳を生き返らせることができるかも? という淡い期待だからではなく、多分、素朴な感情。

「だって、息してるよ? 体、温かいよ? 死んでないよ?」

 それでも、「脳が死んでるから、息していても死んでるの!」と宣告され、さらに 「臓器提供しないんだ~。へ~」みたいなことになりそうな世論。

 いや、どっちも自分の子供を助けたいってエゴなんですよ。どっちもエゴなんです。そのエゴのどちらかは正しくて、 どちらかのエゴは間違ってる。いつか、誰かが決めなくちゃいけないことなんでしょうけど……。

 つーかね、そんなんこと、今の国会議員の人たち(どの党を支持しているかは別にせよ)に決定する権限、与えたっすか?

 全部が全部、直接民主制である必要は僕は全くないと思っていますけれど、でも、 所々においては職業政治家な方々はひとまず横にのいてもらってという方式をとれないものなんだろうか。

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2009.05.17

呑んだら乗るな

 僕は地方出身者です。最寄り駅まで車で30分とかの世界で育ってきました。実際、今の実家は、最寄り駅まで車で1時間弱です。

 東京都内では、車よりもむしろ鉄道の方が圧倒的に便利です。飲み会終了と言っても、日付を越すくらいまで呑んでることは (特にお付き合いなら)それほどなく、しかも最終は日付を越してもまだあるくらいです。しかし、地方では、そんなわけにもいきません。 23時頃には確実に終電を意識しなくてはいけませんし、僕自身、実家に帰る際には21時30分が最終です(京都発)。帰省したときに、 大学時代や亀岡時代の友達とちょっと食事を……というのも難しいのが正直なところです。

 そして、地方では、お酒、結構出てきます。僕くらいの年代まではお酒が飲めてようやく一人前の男という雰囲気は確かにあります。 「飲めない」というと、鼻で笑われる感じです。「ウーロンハイ」でも、「うわ、気取ってる~!」という感じです。男なら、 黙って最初はビール。それでもってポン酒。こんな感じです。九州とかならポン酒ではなく、焼酎ってことになるのかもしれませんね。

 なので、例の福岡の飲酒ひき逃げで3人のお子さんが亡くなった事件、加害者の言い分も分かるような気がします。

「みんな普段やってるっしょ? たまたま事故ちゃっただけ。それなのにどうしてこんなに刑が重いの?」

 うん、おっしゃるとおりだよね。そんな風に思います。

 でもね。

 司法関係者を含めた識者の人たちが

「殺人でもこんなに重くない」

 とおっしゃるのは、バカか? 何のための司法専門家なんすか? と思ってしまいます。

 違うよね。

 被害者にしてみれば、突然、追突されました。追突の衝撃で車が川の中に落ちました。一生懸命、 水の中に潜って子供を助けようとしました。でも、助けられませんでした。自分の無力さに絶望的になりました。

 亡くなった3人のお子さん。助けられなかったことについて今なお自責の念を感じておられるご両親。何か落ち度はありましたか?  酒を飲んだのも加害者の勝手。ハドルミスも加害者の勝手。一方的な勝手によって、3人の子供の命が失われ、残されたご両親が苦しんでいる。

 「みんながやっていることだから」で、どれだけのことをしでかしてしまったのか、それを加害者に気づかせるのが司法でしょう?

 裁判員制度は始まってしまった理由は、まさに司法関係者が人の命や尊厳を、なんだかお金のやりとりに模して、 簡単に片付けちゃおうとしてしまっているんじゃないかという不信にあると僕は考えています。 殺したのは1人だから懲役10年が妥当とか言われると、殺された人は、なんだ残り10年分の人だったんだ。違いますよね?

 僕が尊敬していた先輩をこの種の飲酒関係の事故で失っているのでナーバスになっている。加えて、姪っ子が可愛くて仕方がないので、 同年代のお子さんが亡くなる、お子さんを亡くしたご遺族の方々の立場になるといたたまれない気持ちになってしまう。そんな背景を抜きにして、 ホント、呑んだら乗るな! そう言いたいし、それを破った結果については、真摯に受け止めて欲しいと思います。

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2009.05.16

政党のポスター

 ただいま絶賛風邪ひき中です。今回の症状は、鼻水や咳はそれほどありませんが、熱とおなかに来るようです。皆様、 お気を付けください。

 とは言うものの。

 昨日に比べれば、熱は引いてきたので、ひとまず近くのコンビニにミネラルウォーターを買いに行ってきました。 一人暮らしはお手の物ですが、こういう時は、やっぱりちょっと辛いですね。

 ともあれ。

 政党のポスターっていったい何だろう? と風邪引いているので、ついつい剣呑な方向のお話し。

 あれほど需要と供給が一致していないものってないのでは?

 例えば、料理屋さんの前に立っているのぼり。ラーメンとか、うどん、蕎麦、定食、天ぷらなんかが書かれているものが立っています。 確かに人によっては「歩くのに邪魔!」とイラッとする人もいるかもしれませんが、一方で昼時に「今日、なに食べようかなぁ~」 とぼんやり歩いているときなんかに、のぼりを見かけると「ラーメンにしようか~」という気分になることだってあるでしょう。

 あるいは、電柱に引っかけられている不動産の物件売りだしの看板。正直、あれを見て連絡取る人っているのだろうか? という気がしないでもないですが、個人的には売り物件の看板が目立つ時期は不動産業界が不況の時、 買い物件求むの看板が目立つ時期は土地バブル終焉期と考えているので、そこはかとなく芳しい気持ちになれます。

 また、東京に出てきてからビックリさせられたものの一つに「探偵屋さん」のポスター。「あなたの夫(もしくは奥さん) の浮気の証拠押さえます!」みたいなやつです。これまた需要あるのかねぇ? と結婚したことのない人間としては思うわけですが、 切実な人には切実な問題なのでしょう、きっと。

でも、政党のポスターは、どうなんすか?

 まず第1に、ポスターに連絡先が書かれていることは、ほとんどありません。一部、共産党系の立候補者が「無料法律相談受付中」 なんて感じで連絡先を書いていることがありますが、通常は党本部の連絡先すら書かれていません。もちろん、一部の極右、 極左で聞いたこともないような(自称)政党は別ですけれど。

 第2に、党の代表、候補者がにっこり笑った写真が掲載されていることが多いのですけど、あれ、見て楽しいっすか? 基本、 政治家を仕事にしようとしている人って、男女の別なくギトギト系です。あぶらぎってます。僕は苦手なタイプです。 時々話題になるタレント候補者だって、たとえ元タカラジェンヌであっても、政治家を仕事に選ぶ頃には、 ギトギトな感じが顔全面に出てしまっています。やっぱり苦手です。ましてや、他のタレント候補については言わずもがなです。 何がいいたいかというと、容姿をとやかく言うのは最低の人間のすることだと思いつつ、 やっぱり美的鑑賞には堪えないよね~と思ってしまいます。色遣いも正直感心するものありませんし……。

 つまり、需用側にとっては、

  1. ポスターから得た情報によって、次のアクションに結びつけられない
  2. 純粋に街の風景としても不快

なんのメリットも需要側は享受していないわけです。ダメじゃん。

 その上で、最近、ちょっと気になっているのが、一つの建物の壁に複数枚のポスターが貼ってあることです。

 これが全て違う政党なら、「我が家は思想信条に関して公平!」と公言したいのか、あるいは「頼まれると断れない」 お人好しさんなのか、まー、どちらかなんだろうな~と微笑ましい気分になります。

 あるいは、同じ政党のものでも候補者が違うとか、バージョンが違うのなら、「我が家はこの政党に入れ込んでます!」 と公言したいのか、あるいは「コレクションが趣味です」と言いたいのか、まー、どちらかなんでしょう。

 ところが。

 最近、東京界隈(あるいは我が家界隈だけ?)、 同じ政党の同じポスターを壁一面にペタペタ貼り付けているのを見かけることが多々あります。あれは、何がしたいんだろう?  違う候補者や違うバージョンを貼り付けているのなら、「こんな候補者がいます!」「こんなことも主張しています」だから「皆さん、 応援してね(は~と)」な感じなのだろうと合点がいくのですが、 同じポスターを何枚もこれでもかってくらい貼り付けている人の考えていることが想像できません。

 もしかして、お札と同じってこと? 悪霊退散? あー、そういうこと?

 なおなお、特定の政党をどーこーいうつもりは、まったくありません。

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2009.05.04

便乗して書いてみる:『最後のパレード』盗作疑惑

 なんだ、こいつは!

というのが、正直な最初の感想。

 例えば、

「なぜ最後のパレードだけが」の不思議
http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13443841.html

 この記事で書かれている内容をお読みになった方は、多分、唖然とされると思います。彼が主張しているのは、

問題にすべきは、パークバリューを高める「最後のパレード」ではなく、パークバリューを下げる、「エガワる思想」 の社会人として大切なことをディズニーランドから学んでいない元準社員」が書いたこの本ではないでしょうか。あるいは、 ディズニーランドを「詐欺呼ばわり」している「バカの壁」なのではないでしょうか。私はそう考えます。

????? さらに、

手塚治虫の盗作疑惑の真相について
http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13445151.html

 この記事で、彼はこんなことを言っています。

最後に・・・大きな疑問です。 ディズニーランドのオフィシャルスポンサーである講談社は、内部情報の「かたまり」 であるこの本を書く許可をオリエンタルランドに求めたのでしょうか。(この本は良書で、お勧めの一冊ではあります。)

 

聞いても「ノーコメント」でしょうから聞きません。それが、 「武士の情け」というものではないかと考えます。

 

 うーんとね、それとこれとは別問題ですよね。

 

 例えば、自民党(いや、 別に民主党でも社民党でも共産党でも公明党でもいいのですけど)について書く際に書く対象の許可が必要なんですか? いやまぁ、 そこは大人の事情w 許可が必要だとしましょう。でも、許可が出たからと言って、 他人の書いたものを自分が書いたと主張できる根拠には全くならないはずです。でも、彼の中では

 

本部から許可が出た→本部を礼賛するためなら何をしてもいい→他人の著作物を自分が書いたことにしてもOK!

 

こんな感じなようです。

 

 正直、ありえないよね! という気分になります。 同じ文章を書いている人なら、文章を書くことの大変さが分かるはずで、その意味で、 他人の書いたものを盗作することは禁じ手だと分かるはずです。でも、彼は全くその点について悪びれていないようです。むしろ、

 

「最後のパレード」 回収に関して

http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13444324.html

 

で、天皇陛下を持ち出し、 天皇陛下を悲しませるようなことをしちゃいけない(つまり、自分への批判をしちゃいけない)と虎の威を借る狐をやっているわけです。 はた迷惑なのは陛下の方です。お前さんの利益を守るために出席したつもりはないよって気持ちに、きっとなられるはずです。

 

 でも、件の彼は、いけしゃーしゃーと天皇陛下まで持ち出して、 色々と自分は正しいと言っています。

 

 えーっとね、あなたみたいな人を

 

提灯記者

 

こういうと思うのですが、どうなんでしょ?

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アグリビジネス?

最初に断っておきます。食糧の自給は深刻な問題だと思います。そして、僕は資本主義は完全だとは思っていないけれど、 他の経済体制に比べれば、まだましだと思っています。それでもって、今アグリビジネスに関わっている人、 あるいはこれから始めようとしている人をどーこー言うつもりは全くありません。

とは言うものの。

食糧自給率を高めるために農業も規模の経済を取り入れて、大型農園を創り出すべき、 そのためにアグリビジネスを振興しようという話になると、ちょっと「あれ?」と思ってしまいます。

大型農園、アグリビジネス、聞こえはいいけど、それって結局のところ、もう一度小作人を作ろうってことなんじゃないの?

小作人制度(あるいは寄生地主制度)の弊害や悪質さって、そんなに遠い過去の話ではなく、たかだか60年ほど前の話ですよね。 それを看板だけ変えて、もう一度持ちだそうってのは、僕の中では、やっぱり「あれ?」と思ってしまいます。

小作人、つまり自分で自分の土地を持てずに農業に従事する人。そして、その反対側に土地を持っているけど、 自分では農業に従事しない人。その上で、儲かるのは農業に従事しない人の方。これが明治以降から戦前の日本の農業の主流だったわけで、 これが個人だけでなく出自として格差を埋められない原因の一つになっていたわけです。

無論、社会全体(あるいは国家)として、この形態は効率のいいものです。チマチマと一家で農作物を作っている人からちょぼちょぼ年貢 (税金)を取るより、地主からまとめて年貢をもらった方が色々と都合がいいわけです。しかも、小役人やごろつき連中が接待受けるにしても、 チマチマとした家族経営の農民よりも、地主はちょっとしたセレブなので、どちらの方が待遇がいいか火を見るより明らかです。

なんて、ひがんだことはともかくとして。

小作人制度が危険だと思うのは、社会不安の要因に簡単に結びついてしまうことです。

そもそも第一次産業は天候の影響を直接受ける産業です。天候不順で作物の収穫量や質が変わるのは無論のこと、洪水、地震、 噴火なんてことになったら、たちどころにアウトです。そして、アウトになると何が起きるかと言えば、一揆(今風に言えば暴動)です。 そこまで直接的な行動でなくても、離散一家が都市部に流れ込んできて、都市部でも定職に就けず、結果、スラム街を形成するってのは、 現代でも視野を広げれば見受けられます。

古代ローマが共和政から帝政に移行した経済的な要因は、上記に書いたとおりのことが起きたからです。つまり、 元々古代ローマは農業国だったのですが、形態として小作農ではなく荘園制だった。で、荘園で働いていた小作人達が、より安い労働力 (海外からの移住者、奴隷等々)に取って代わられ、荘園を追い出された結果、都市部に集まり、仕事に就けず、 配給を頼りに生きる生活を強いられた。配給だけでは生活できないので、有力者の私兵になった。有力者は、 この私兵を背景にして議会の内外で圧力をかけた。こんな感じです。

個人的に心配しているのは、この小作人制度が、資本主義と結びつくことによって、 古代ローマの時と似たようなことにならないかと言うことです。

古代ローマ時代は、もちろん、資本主義とは無縁でした。それでも、大地主は、より安い労働力として、 海外からの移民やあるいは戦争によって得た奴隷を雇い、結果、ローマ市民権を持つ小作人を解雇しました。ましてや資本主義経済なら、 コストはなるべく安い方がいい。つまり、労働者の賃金は安い方がいい。都市部のコンビニや飲食店の状況を見ても、 アグリビジネスの下で何が起きるか、想像がつきます。

無論、海外からの人を雇うことは決して悪いことではないと思います。国籍で差別するのは、僕の趣味ではありません。そして、 同じことをしてくれるのなら、より安い人を使いたいという気持ちに経営者がなるのも分かります。

でもね。

それは本当の意味で「自給率を高めた」ことになるんでしょうか?

食料の自給率を高めること。それは大切なことだと思います。でも、その解決策として小作人を復活させるってのは、 僕はあまりにも安易な発想だと思います。小作人制度復活でもなく、かといって鎖国政策でもなく、 もうちょっと違う方法を考えた方がいいんじゃないか。そんな風に思います。無論、今の僕は解決策を持ち合わせていません。だからこそ、 頭のいい人も含めて、もう少しみんなで考えるべきでは?

 

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