最初に。
自分で書いていてもややこしくなったので、この記事ではサイトとしては mixi とローマ字表記、企業としてはミクシィとカタカナ表記で統一しています。
さて。
先日、mixi の利用規約が4月1日に改訂を予定しているとアナウンスされ、それに対して様々な意見(もっとも、批判・反対意見がかなりの割合を占めていましたが)が出されました。
利用者の反発を買った最大の点は改訂案の第18条です。複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行う権利をミクシィに許諾する、著作者人格権をミクシィに行使しないよう利用者に求めたことに対して、ユーザの多くは「それはないんじゃないか」と反発したわけです。
この反発は、一般的な感覚で言えば、自然なものだと思います。
第1に、書いたものに対して対価を得ているのであれば、対価の内容に財産権の移転が含まれていたとしても、まだ分かるのですが、mixi の場合、ユーザはなんらミクシィから対価を得ておらず、人によっては会費を払っている場合もあるにもかかわらず、さらに権利も譲りますというのは、まるで
「ただでもいいから貰って、なんならお金も払いますよ」
と言っているようなものです。少し古くなったギャグを使わせてもらえば、
どんだけ〜!
といった感じです。
第2に、mixi が クローズドなSNSサービスであることも事態を不快なものにさせました。確かに今や mixi に書くことは多くの人の目に触れる可能性があるのは事実です。しかし、そうは言っても mixi はやはり会員制サービスであり、一般的な Web 上での書き込みとは区別されるものと考えられます。ましてや日記を「友人まで公開」としたり、コミュニティの参加に管理人の承諾が必要で、閲覧は参加者のみとしているような特定の人のみが読むことを想定したものも存在しています。これがミクシィの自由裁量で上映されたり、頒布されたり、展示されたり等の可能性があるとなると、
なんのための「友人まで公開か!」
という気持ちになるのも当然です。
今回の規約改定の根底には、ミクシィの中で
「ユーザに利用してもらっている」
のではなく、
「ユーザに利用させてあげている」
との思考がどこかにあったからなのだろうと考えています。
「お客様は神様です」との姿勢は、往々にして客は荒神すなわち「触らぬ神に祟りなし」的な対応になりがちなので、個人的には同意しませんが、「売ってやってるのではなく、買ってもらっている」気持ちを忘れてはいけないと思います(自戒の念も込めて)。
もっとも、一般的には「規約を変更しました。効力は即日発効します」的な対処をするサイトが多い中、一定の告知期間を設け、そこで出た意見をフィードバックする姿勢は、ミクシィがユーザとの関係を健全に保とうとしていることの現れと好意的に受け止めています。確かに、「ブログで同様の問題があったのを知らなかったの?」と突っ込みたい気持ちや、新たに出された言い訳があまりにも苦しすぎるのでは? と言いたい気持ちになるのも正直なところです。「アセス数が多い日記等の情報については、データを複製して複数のサーバーに格納すること」を同意してほしかったって、今まで1台のサーバーでアクセス負荷をさばいてきたの? マジで? ありえない! もしそれが本当ならそのプログラムを書いた人やサーバ構築をした人は天才過ぎると思うわけで……。
ともあれ、この件については、ミクシィから規約改定案を修正するとのアナウンスが出たこともあり、早晩沈静化することになるのだろうと考えています。
長い前置きをようやく終えて、ここからが本題。
今回の件は、現在企業法務が抱えている弱点を図らずも露呈してしまった典型的な例だと見ています。
日常生活を行う中で、契約行為は頻繁に行っているものの、契約書あるいはそれに類するものに触れることは決して多くありません。アパートの賃貸契約の際に初めて手にしたという人も多いのではないでしょうか。
職場の中でも、契約書とは無縁という人も、決して少なくないと思います。企業風土によっても異なるのですが、営業職や管理職以外では直接部門、間接部も問わず、契約書に関わることなく仕事をしている人も多いかと思います。
中小レベルの企業では、営業担当者がお互いに「相手が契約書作ってくれないかな」とかまを掛け合ってみたり(リスク的には高いのですが)、あわてて本屋に駆け込み契約書ひな型集のような本を買ってきて、当事者の名前、案件名、金額だけを書き換えて作るということも日常的に行われているのではないかと想像します(僕自身も経験したことですが)。
ある程度以上に組織が多くなり、取引が増え、それに伴い契約上のリスクが高まったところで、法律の知識が豊富な法務担当を採用し、法務部を設置し……というのが自然な流れでしょう。
さて、法務の仕事は、何はさておき法律の知識を使って自社のリスクを最小限に食い止めることです。法務担当は本質的に
「チャンスを見つけてくる」
のではなく、
「危険を見つけてくる」
傾向になりがちで、嫌みな言い方をすれば、「相手方を信用しない」ことを出発点にして物事を考えます(むろん、言うまでもなく、相手方の言うことを鵜呑みにするような法務担当者は失格だと思いますけれど)。
企業対企業の場合は、これで充分に法務としての職責を果たせました。なぜなら、企業対企業では、お互い「利益を追求する」という同一の土俵で交渉が行われたからです。従って、「この部分の利益をあげるかわりに、こっちの部分はくださいよ」的な落としどころを見つけることは、営業等の交渉担当の腕の見せ所だったわけです。法務としては、妥協した部分についてどのような法的リスクが発生するかを組織として把握できる状態にさえしていれば責任は果たせたと言えます(個人的な述懐をすれば、交渉の相手方よりも、むしろ自社の法務担当に殺意を覚えたこともしばしばだったり)。
また、企業対消費者としての個人の関係においても、Webサービスで言えば、ニュースサイト、ポータルサイト、ショッピングサイトなど既存の(Web1.0的な)サイトでは、有料無料を問わず提供者と受益者が明確に分かれ、上記と同様の理屈で仕事ができたわけです。
ところが、コミュニティサイトなどユーザ参加型のサービスサイトの場合、運営者はプラットフォームを提供し、利用者はコンテンツを提供しており、どちらも「提供者」としての立場になります。ここで問題になってくるのが、利用者は必ずしも利益を求めているのではなく、利便性を求めていることが多い点です。
利益と利便は混同されがちですが、利益が経済的基準(下世話な言い方をすれば「お金」)によって判断されるのに対して、利便は好き嫌い、快・不快など感情的な基準によって判断される点が決定的に異なります。
mixi の利用規約変更案第18条は、ミクシィとしては、プラットフォームを提供する(利益を提供する)対価として、利用者の著作権上の財産権を求めただけというのが正直なところでしょう。ところが、ユーザとしては多くの友人が参加しているから自分も利用しているのであって、mixi を利用することによって利益を得ようとしているわけではないという人が大多数だと考えられます(中には、mixi を使ってお小遣い●円稼ごうなんて人もいるのかもしれませんが)。
そのため、ミクシィ側が経済的な損得勘定で妥協を迫ったとしても、エモーショナルな基準で判断するユーザにとっては、「とてもじゃないが受け入れられない」という気持ちになるわけです。
感情論で反対するというのは、ネガティブな印象を持たれがちですが、そもそも利益追求を行っていない場合、感性や信条、直感を信じて行動することは、理性的かつ人間的な行為です。
先にも述べたとおり、現状の法務は相手はともすればこちらを出し抜こうとしているという前提で思考するよう訓練を受けています。ところが、ユーザ参加型のサイトにおいて目の前にいるのは、こちらを信頼し、場合によっては自分たちも一緒になってサイト運営に協力することにやぶさかではない人たちです。そのような人たちに、「あなたたちのことを信用していませんから」という姿勢で挑むのは、手袋を投げつけるようなものです。
端的に言えば、今の法務は現場を知らなさすぎると言えます。これまでなら、現場を知らないことは、マイナスに働くことは少なく、むしろ相手の実情を知ることによって情に流されることがないぶんプラスだったのですが、Web2.0 あるいは来るべき Web3.0のサービスを展開するのであれば、自分たちの顧客(ユーザ)がどのようなことを好み、どのようなことを不快に感じ、そして何に対して怒りを感じるのかといった顧客の文化を理解することが法務担当にも求められることになると考えます。
上記のような法務担当が登場するまでの間、個人的には、ユーザ参加型のサービスを考える場合、利用規約は経営者自らビジネスを展開する上で最低限譲れない点を慎重に検討した結果のみを記述し、後は実際にユーザと接するサポート部隊にQ&A集を作らせるスタイルが望ましいと考えています。
プログラム・コーディングの世界では「設定よりも規約」というのが主流になりつつありますが、ことサービス運営を行う上では、「明文化された規約よりもコモンロー」がベターだと思うのですが、いかがでしょう?
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