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2008年11月

2008年11月 8日 (土)

【著作権】小室哲哉逮捕に見る著作権法の気味の悪さ 続き

 現行の著作権法を乱暴にまとめてしまえば、

  • 本来、著作物を作りだした自然人(本来のクリエイター)から、どのようにして権利を切り離すか
  • 著作物を物質化した物権(モノ)を入手した自然人(最終消費者) の権利をどのようにして制限するか

 これを規定している法律だと言えるのではないかと個人的には考えています。

 たとえば、あなたが会社のキャンペーンのためにポスターを描いたとします。これだって著作物です。 あなただから描けたポスターでしょう。本来の著作者は、あなたのはずです。しかし、著作権法は、このポスターの著作者は「会社」 と規定します。従って、あなたが別の会社に転職した際、あなたが描いたポスターを再び活用することは著作権法違反となります。反面、 会社はあなたの描いたポスターを絵はがきにしても構わないし、 ポスターの中に描かれているキャラクターだけを他の目的に使用することだって許されます。

 この理屈としては、あなたがこのポスターを描いているとき、すでに会社は給料としてあなたに対価を払っている。もしかすると、 あなたはポスターを描けなかったかもしれない。そのリスクも含めて、給料を払ってきたのだから、 ポスターの著作権は自然人であるあなたではなく、法人である「会社」に帰属することに、不合理な点はないと主張します。

 一方、あなたが CD アルバムを買ってきた。10曲中、2曲が特にお気に入りで、自宅にいるときだけではなく、iPod に2曲だけコピーして外出先でも聴きたいと思った。しかし、厳密に著作権法に則って言えば、複製権の侵害であり、 いちいち個人を訴えるのは手間だから、大本の iPod を製造しているメーカーに「訴えないから、ひとまず金を出せ」 と主張できる権利があるはずとの意見を述べてみる。この場合、特定のアーティストへの支払ではなく、 著作権者の集合という漠然としたところがお金をもらうわけで、そこから先、 実際のアーティストに支払われることは保証の限りではないという点がポイントです。

 単純に言えば、

本来の著作者、最終消費者、どちらかを保護している訳ではなく、 中間にいるなんだかよく分からない人

これを保護しているのが著作権法の実情だと僕は見ています。

 たとえば、必ずしもメジャーではないアーティストが、ようやくテレビに出演できた。 アーティスト本人がテレビに出演できたことを自慢したいと思っても別におかしいとは思いません。 個人的にはむしろ自然な営業活動ではないかと思います。ところが、自分自身が出演している場面を、たとえば YouTube なんかに掲載すると、著作権法的にはアウトです。なぜなら、映像の著作権者は、実際に出演したアーティストではなく、テレビ局なのだから。 もちろん、テレビ局の理屈もよく分かります。出演した分の出演料(対価)は払ったのだから、そこで著作権は我々テレビ局のものだ。 ぐうの音も出ません。

 でも、これおかしな話じゃないですか?

  • 本来のクリエイターは、自分が創ったものを再利用できない
  • 著作物を入手した消費者も、自分が手に入れたものを再利用できない

 じゃあ、再利用できる人は、誰なんでしょう? そして、その人は本当に著作物を必要としている人なんでしょうか?

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2008年11月 5日 (水)

【著作権】小室哲哉逮捕に見る著著作権法の気味の悪さ

 一時期、音楽業界で一世を風靡した小室哲哉が詐欺容疑で逮捕されました。

 最初に断っておくと、小室氏を弁護する気は正直ありません。 当時も小室ファミリーとか呼ばれていた人の音楽って趣味じゃないしな~という感じで、ちょっと距離を置いていました。なので、 逮捕されたこと自体については、特段、感慨深いものはありません。

 ただ。

 マスコミは現時点で、「時代の寵児の転落」というシナリオで報道を続けています。『平家物語』 を挙げるまでもなく、盛者必衰は日本人の心に響くようですね。

 とは言うものの、少し見方を変えて、今の日本の(少し大風呂敷を広げれば世界の)著作権ビジネスを考える上で、今回の件が、 現状の著作権法のいびつさの一例になるのではないかと個人的には見ています。

 まず、著作権法とか契約法を抜きにして、素朴に考えてみてください。

自分で作詞・作曲、場合によっては実演した作品を、自分でコントロールできない。

 今回の事件の本質は、ここにあると言っても過言ではありません。

 たとえば、あなたが何かを作った。できあがったものを、誰かに売った。「モノ」として考えた場合、あなたは、この「モノ」 がその後どのように扱われようと口出しすることはできません。相手に100円で売ったのに、その相手が200円で他の人に売ろうと、 あるいは破壊しようと、それは相手の勝手です。なぜなら、あなたは「譲る」ことに同意したのだから。

 その代わり、あなたは同じものを作って、別の人に売ることもできる。同じものを作って、別の人に売ったからといって、 最初に売った人から文句を言われる筋合いはない。なぜなら、あなたが売ったのは最初に作ったものであって、次に作ったものではないからです。 たとえ同じ外観・機能を備えていたとしても、別物である以上、最初のものと次のものは、当然のことながら違うものとして扱われます。

 さて。

 あなたが作曲した譜面をA社に売った。しかし同じ譜面を再度書き起こしてB社に売る。「そりゃ、ダメだろ!」と思った方、もう一度、 上記のモノとして考えてみてください。なぜダメなのですか?

 上記の行為をダメにしているのは著作権法と契約法です。

 契約法に関しては、まだ逃げ道がありそうです。優越的な地位を濫用して云々で契約の無効を主張できそうです。本来なら、 この契約自体が無効だとする主張が通れば、著作権法の出る幕はないはずなのですが、とは言うものの、契約不履行なら民事ですむのに対して、 著作権法違反は、今回の例に見られるように刑事罰の対象になったり、行政罰の対象になります。

 さらにさて。

 著作権法は、利用者というか最終消費者の権利を制限します。その際、もっともらしく言われるのは「著作権者」 の権利を脅かすからという論調です。でも、本来の著作者も、「著作権者」の権利を侵害しているとして訴えられるわけです。

 さて。

 著作権法の言う「著作権者」とは誰のことですか? 少なくとも、保護しているのは、本来のクリエイターじゃないですよね?

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