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2009年2月

2009年2月25日 (水)

【雑記】 嫌いなものを食べさせられたときの気分

 時々見受けられるのですが、

「関係省庁やら業者やらに近い立場で活動している」

こういう感じの切り出しをしてくる人って、世の中には確かにいます。

 だからなに?

というのが正直な感想。

 まぁ、勿論、こういう切り出し方をする人って、「俺様はお前なんかより一杯情報持ってるんだぜ」こんな感じのことを言外でおっしゃりたいのでしょうが、ところがこういう切り出し方をする人に限って、後に続く情報がすごくアバウト。

 「どこそこの誰それが現在、こんな政策立案をするための稟議書を書いている」とか、「某社の某氏が、某所へこんな陳情に行った」など、一般人が知り得ない情報が提示されるのならともかく、結局のところ、

本当に今ネットの言論というのが微妙な立場になっているということが伝わってきます

これを言いたいために関係省庁云々を言った上で、出してきた情報はといえば、「判例があります。逮捕された人もいます」 新聞に出てる情報だけっすか!?

 関係省庁云々のくだり、完全にいりませんよね?

 「隣のミヨちゃんと話してたら、本当に今ネットの言論というのが微妙な立場になっているということが伝わってきます」 

こう言っているときと、主張の正しさ、すごさはなんら変わりないわけです。むしろ、「関係省庁やら云々」と切り出してくるアザトサに辟易する人間も世の中にはいるんですよ。

 そもそも。

 「ゲイツと会った。ジョブズと会った。俺って、すげーだろ?」

と言われても、

 だからなに?

です。

 勿論、ジョブズもゲイツも凄い人です。批判は多々あるかと思いますが、能力もあり実績も残した人達です。でも、凄い人と会ったから凄い人になるわけではありません。

 ご本人の言葉をもじって言えば、「自分の価値判断基準を外部化している」わけで、ホント、「どの口が言うか!」って感じです。

 でも、本当にこういう人、どんな業界でもいるものです。名刺コレクターみたいな感じの人。キャバ嬢相手なら営業スマイルでキャーキャー言ってくれるのでしょうが……。

 諺でこういう人のことを、どういうかご存じですか?

虎の威を借る狐

 折しも季節は2月末。春から新社会人になる方もおられるでしょう。「誰それと会ったことがある。すごいだろ!」みたいな自慢をする人と出くわしたら、「狐な人だ」と内心で舌を出しつつ、軽やかに笑顔を返してあげてください。お昼、1回くらいはおごってもらえると思います。そして、ご自身はそんな大人にならないでください。

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【Web】 津田氏のコメントについて

 昨日のMIAU の津田氏は何にいらついているのだろう?に津田さん本人からコメントを頂きました。深夜遅くにありがとうございます。ただ。夜は魔物です。深夜盛り上がって書いたラブレターを翌朝読み返したら、顔から火が出るような恥ずかしい内容になっていたなんて経験はありませんでしょうか? 深夜の勢いを借りて文章を書くのはアリだと思いますが、ポストに入れるのは朝になってからの方がいいと思います。

 さて。

 まず本筋とは違う話で恐縮ですが、津田さんのコメントは、政治屋としては完璧だと思います。しかし、文筆家としてはいかがなものでしょう?

できれば、今まで僕が書いてきたことや、活動してきたことまで含めて、総合的にご判断いただければ幸いです。

 これは本心からおっしゃっているのでしょうか? それともテンプレートか何かでしょうか?

 例えば作家が自分が書いた作品を批判された。批判した相手が、対象になっている作品を2、3ページしか読んでいない。あるいは全く読んでいないと思われる。そういうときに「ごちゃごちゃ言わずに、まずは最後まで読め!」と反論するのは正しいと思いますが、「過去の作品、日頃の言動を総合的に勘案しろ!」と言ったとしたら、津田さんはどうお感じになるでしょう?

 あるいはミュージシャンが事件を起こして逮捕された。それによって過去の作品の善し悪しが逆転したら、津田さんはどう思われるでしょう? その人の非音楽的な行為と作品の評価は、またちょっと別物ですよね?(もちろん、言うまでもなく、その人の個性が作品に反映されているわけですが)。

 その上で、津田さんのコメントの最後の一文です。「物書き」としての津田さん自身、どのようにお感じになられるでしょう?

 先の記事にも書きましたが、自分の時と他人の時とで言論の自由の扱い方が異なったり、「大麻で逮捕されたからって発売禁止にするんじゃない!」と発言する一方で、上記のようなことをおっしゃる。僕にはちぐはぐな感じに見えるのですが、津田さんご自身は、どのように整合を取られているのでしょうか?

 Aの立場の時はA。Bの立場の時はBと使い分けるのは、政治屋(政治家ではなく)としては賢いやり方だと思います。困難な問題に立ち向かうにあたって、主義主張・原理原則でがんじがらめになって、非現実的なことしか言えないよりは、朝令暮改も大いに結構なことだと思います。しかし、そういう政治屋が言うようなことを津田さんはおっしゃられたいのでしょうか?

 閑話休題。

 結論から言えば、僕は津田さんの意見に同意できません。

 誰かの自由を制限すること。そのことに対して、どれほど敏感であっても、敏感すぎることはないと僕は考えています。過度の制限を受けないために一部の制限はやむを得ないとの考え方は、戦術論としては正しいとは思いますが、それはあくまで戦術論です。相手が自分たちより試合巧者だったらどうされます? 相手の譲歩を引き出すために自分たちも譲歩した。その時、実際には相手が最初に期待していた以上の譲歩をしてしまっていたなんてことにならないかと危惧します。津田さんが普段、はてブのコメントにこまめに反応されていたり、このブログにコメントを寄せられるようなマメな方だけに、なんだか窮屈そうなことになるのではと取り越し苦労をしてしまいます。

 同意できない理由その2。

 そもそもにおいて、「自分を不幸せにする発言」をした人も、僕と同様一人の個人です。はてブのコメント欄で元記事に対してネガティブな発言をしている人や、あるいはそんなコメントにスターマーク押している人だって、やっぱり僕と同様の「個人」です。「個人」である僕が、どうして他の「個人」の自由を、行為が行われる前に制限できるのか。

 確かに、イナゴになって大量に押し寄せてきたら、当然、僕は敗北するわけで、負けるのはものすごく悔しいですが、だからといって自分が悔しい思いをしないために先手を打って「言わせねぇよ!」(by 杉山-我が家)と言うのは、僕の感覚ではナシです。もちろん、発言の結果に対しては責任取って欲しいと思いますけれど。

 「規制」って、今ある何かを消し去ることではなく、これから出てくるかもしれない何かを出さないようにすることですよね? そうではなく、

スルー推奨!

 こちらの方が建設的でスマートだと僕は思うのですが、いかがでしょうか? 僕自身、まだまだスルーしきれないことがあるので、そんなときはこうしてブログなんかに書いてみるわけですけれど。

 まとめると。

 校門チェックをしたがる生徒会の中の人は、立派だとは思いますが、僕は苦手というお話です。

 もちろん、津田さんが「こいつは世の中のことをなんにも知らない甘ちゃんだ!」と思われたとしても、それはご自由です。関係省庁や業者に近い立場で活動されている津田さんから見れば、僕は全くの世間知らずだということに異論ありません。

 なおなお。

 末筆ですが、コメントを寄せてくださった津田さん、tera さんには、心からお礼を申し上げます。

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2009年2月24日 (火)

【Web】MIAU の津田氏は何にいらついているのだろう?

 MIAU という組織があります。Movements for the Internet Active Users(インターネット先進ユーザーの会)なんだそうです。 主にユーザの側から著作権問題などコンテンツ利用のあり方について政策提言を行う組織なんだそうです。

 その MIAU の代表者が津田大介さんという方なのですが、この方、時々、はてなブックマークのコメントについて、いらいらされることがあるようです。 Twitter で、ちょくちょく、はてブのコメントの批判をされています。例えば、今日は

http://twitter.com/tsuda/status/1242986390
このエントリが叩かれる理由がまったくわからない。はてなってすげえなあ。 勝手な被害妄想でずっとシャドーボクシングですか。そりゃネットやめられないわ。http://d.hatena.ne.jp/next4...

これから始まり、

http://twitter.com/tsuda/status/1243161737
若者論というよりむしろ環境の話で、昔は草が草として自生できる環境が多くて、 草が言葉を発することもできなかったから単に表面化することが少なくて、今は草がざっくざっく刈り取られたり燃やされたりして、 その草の言葉がネットを通じて表に出てくるようになったからなのかなと。

こんな感じに展開していきます。

 正直、なににいらついているのだろう? と僕なんかは思ってしまいます。で、

http://twitter.com/tomikura/status/1243205575
津田大介氏がなににむかついているのか、今ひとつ共感できない。パンピーは黙ってろってこと?

こんなつぶやきを Twitter に流してみたところ、

http://twitter.com/tsuda/status/1243259839
@tomikura 「黙ってろ」じゃなくて「自分が主体的に決められないことの原因を外部化するな」って話です。

との丁寧なご回答をいただいたのですが、僕が知りたかったのは、 津田氏が紹介している記事の内容のことではなく、はてブのコメントにいちいち反応している津田氏のいらだちの原因は、どの辺にあるのだろう? ということでした。

 僕自身、「いーじゃん。言いたいヤツは言わせとけ」という感じで、はてブとか 2ch とかの反応をチェックしたことがないので、はてブのコメントをマメにチェックし、しかも自分が関係する記事じゃないものにまで Twitter でつぶやかれている津田氏の行動は興味深く思えます。

 で。

 気になるのは、津田氏が Twitter の自己紹介で

「東京在住の物書きです。」

と書かれていることです。これ、変じゃありません? 変だと思うのは、僕だけなんですかねぇ?

 「物書き」つまり、言論の自由があるからこその仕事をされているわけです。言論の自由が失われれば、 津田氏の今の仕事も失われるわけです。その意味で、津田氏は本来なら「言論の自由を守ること」に最も敏感でなければならない人の1人です。 ところが、そんな津田氏が、一般人が言論の自由を行使しているのを見て(少なくともはてブのコメントに対しては) 否定的な発言を繰り返されています。

 やっぱり、変だと思うのです。

 そういえば、既存のマスメディアの中の人に、こういう感じの人、いますよね。 自身の言論の自由は主張するのに、ネットになると途端に「規制しろ」とか言う人。

 こういう人って、自身の中で論理の整合性はどう取っているのだろう?

  • 自分達は生まれもっての才能がある。
  • 表現するための訓練を受けた
  • 主体的に考えて発言している
  • 自分は実名だ!

 実名・匿名云々は、匿名で意見を言う人は卑怯だと思う を読んでいただくとして、他の3つの理由で自分の中で整合性を取っているのだとしたら、それって旧態然とした 「選民思想」となんら変わりないんじゃないの? と思ってしまいます。自分達には発言権はある。お前らには発言権はない。いやはや。

 そもそも、「主体的な発言」ってなんだ。「自分の意見」と言っているものの、 実は裏を返せば特定の利害関係者の意見を代弁しているのに過ぎない人って多いですよね。むしろ、「自分の意見」とか言う人に限って、 別の誰かさんの代弁を「自分の考え」だと錯覚している手に負えない始末になっているわけで……。

 違うよね。

 インターネットって、情報を低コストで入手できることが本質なのではなく、 「情報を低コストで発信できること」、つまり、これまでなら出版や放送といった比較的コストがかかる手段、 従って普通の人にとっては手を出せなかったことが、インターネット(特に Webサービス)を使うことによって、 これまでに比べて情報発信をしやすくなったことにあるんじゃないの? 発信するコストが下がったから、 情報を入手するのに必要な費用も下がったのだと思います。津田氏がいみじくも言ったように、 「草の言葉が表に出てこれるようになった」 ことがインターネットがグーテンベルグの活版印刷と同じ意味で情報革命の道具になれたことなんじゃないかなぁ。

 繰り返しますが、公の場で発言できるのは限られた人だった状況から、 より多くの人に発言する機会を与えるようになったのが、インターネットという技術です。言論の自由にとっては、大きな進歩だと思います。

 それなのに、「物書き」として言論の自由を享受している津田氏が、 ことある毎にはてブのコメントを攻撃する。いったい、なんだ? それは単に既得権(つまり、俺様は発言を許された人、他のヤツは発言するな! )を守りたいがための行為に過ぎないんじゃないか? と思ってしまいます。つまり、津田氏の「いらだち」 の底には自分の意見とは違う意見が多いってことなんじゃないかと。そして、そんな状態を許容しているインターネット (はてブコメントを代表例として)にいらだってる。そんな感じなのではないかと思います。

 でも、それって、言論の自由を今まさに享受している人が言うのは、絶対に間違っている。 自分とは異なる多様な意見の存在を認めること。少なくとも「物書き」を仕事にしているのなら、そこを出発点にしなければいけないと思う。 筒井康隆が「絶筆」したのは、まさに「多様な意見の存在を認める。でも、その意見に与するわけにはいかない」そう考えたからです。

 ともあれ。

 厄介なのは、こんな津田氏が代表をしているのが、最初に書いた「インターネット先進ユーザーの会」です。 インターネットの先進を進んでいると自負している人の代表が、既得権を確保しようとしているかのような言動をしているわけです。 大丈夫なんすか?

 僕自身は、誰かの口をふさぐ権利を欲しいとは思いません。 僕にとっては

他人の口をふさぐ権利ではなく、 自分の耳をふさぐ自由

こちらの自由の方が大切に思えます。どのような情報に対して耳をふさぐのか。 それは情報リテラシーと言いますか、そもそものその人の教養とセンスの問題だと思います。

 MIAU は政策提言と同時に啓蒙活動もしているのだそうで、その意味で MIAU が本来やらなければいけないのは、

「誰もが発言できる状況において、 どのようにすれば自分を不幸せにする情報に耳を貸さずにすむか」

こちらの方法を啓蒙することなんじゃないかと僕は思います。

 と言いますか、曲がりなりにもインターネット先進ユーザーな人が、自分が不快になると分かっているのに、 こまめにはてブをチェックしに行くのって、なんだか間が抜けていると思います。

 さらに言えば、パンピーを軽蔑するのは自由です。しかし、 パンピーを軽蔑していることを得意げに言って回るような人を、政策提言集団の代表にしてるっつーのは、政策実現を本気で目指しているのなら、 ちょっと考えた方がいいのでは?

 余計なお世話でしょうけれど。

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2009年2月 7日 (土)

【マスコミ】2009年2月7日付けの天声人語

 今日の朝日新聞の天声人語、ちょっと変じゃないかなぁ?

●天声人語(2009年2月7日)
 http://www.asahi.com/paper/column20090207.html

 要旨を書くと、インターネットは匿名。だから色々と変な情報が流れる。変な情報も書きやすい。従って、

「言論の裏通りとはいえない存在だけに、交通整理の知恵がいる」

という結論。

 さて。

 天声人語だって、形式上は「匿名じゃん!」というツッコミはひとまず横に置くとして、 これはどうなんだろう。

 そもそも「匿名」だから変な発言を誘発するのではなく、匿名だろうが実名だろうが、変なことを言う人は、変なことを言う。

 発言の場が増えたことによって発言者の母数が増えた。確率論的に変な発言がなされる件数が増えた。加えて、新聞・ テレビなどの既存のメディアと比較して、発言が空間的にも時間的にも閉ざされていないのがWebの性質です。 だから変な発言が目につくようになった。それだけの話ではないだろうか。

 むしろ、気になるのは結論に書かれている「交通整理の知恵がいる」という発言です。

 なんだ、メディアの中の人は自由な発言よりも規制されることを自ら望んでいるんだ。 少なくとも自分以外の誰かが規制されることの痛みに対しては非常に鈍感なんだ。へーへーへー。

 この辺が、日本のジャーナリストの「表現の自由」に関する認識レベルだと思うと……。まだまだだね(越前風に)

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