日記・コラム・つぶやき

2009年2月25日 (水)

【雑記】 嫌いなものを食べさせられたときの気分

 時々見受けられるのですが、

「関係省庁やら業者やらに近い立場で活動している」

こういう感じの切り出しをしてくる人って、世の中には確かにいます。

 だからなに?

というのが正直な感想。

 まぁ、勿論、こういう切り出し方をする人って、「俺様はお前なんかより一杯情報持ってるんだぜ」こんな感じのことを言外でおっしゃりたいのでしょうが、ところがこういう切り出し方をする人に限って、後に続く情報がすごくアバウト。

 「どこそこの誰それが現在、こんな政策立案をするための稟議書を書いている」とか、「某社の某氏が、某所へこんな陳情に行った」など、一般人が知り得ない情報が提示されるのならともかく、結局のところ、

本当に今ネットの言論というのが微妙な立場になっているということが伝わってきます

これを言いたいために関係省庁云々を言った上で、出してきた情報はといえば、「判例があります。逮捕された人もいます」 新聞に出てる情報だけっすか!?

 関係省庁云々のくだり、完全にいりませんよね?

 「隣のミヨちゃんと話してたら、本当に今ネットの言論というのが微妙な立場になっているということが伝わってきます」 

こう言っているときと、主張の正しさ、すごさはなんら変わりないわけです。むしろ、「関係省庁やら云々」と切り出してくるアザトサに辟易する人間も世の中にはいるんですよ。

 そもそも。

 「ゲイツと会った。ジョブズと会った。俺って、すげーだろ?」

と言われても、

 だからなに?

です。

 勿論、ジョブズもゲイツも凄い人です。批判は多々あるかと思いますが、能力もあり実績も残した人達です。でも、凄い人と会ったから凄い人になるわけではありません。

 ご本人の言葉をもじって言えば、「自分の価値判断基準を外部化している」わけで、ホント、「どの口が言うか!」って感じです。

 でも、本当にこういう人、どんな業界でもいるものです。名刺コレクターみたいな感じの人。キャバ嬢相手なら営業スマイルでキャーキャー言ってくれるのでしょうが……。

 諺でこういう人のことを、どういうかご存じですか?

虎の威を借る狐

 折しも季節は2月末。春から新社会人になる方もおられるでしょう。「誰それと会ったことがある。すごいだろ!」みたいな自慢をする人と出くわしたら、「狐な人だ」と内心で舌を出しつつ、軽やかに笑顔を返してあげてください。お昼、1回くらいはおごってもらえると思います。そして、ご自身はそんな大人にならないでください。

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【Web】 津田氏のコメントについて

 昨日のMIAU の津田氏は何にいらついているのだろう?に津田さん本人からコメントを頂きました。深夜遅くにありがとうございます。ただ。夜は魔物です。深夜盛り上がって書いたラブレターを翌朝読み返したら、顔から火が出るような恥ずかしい内容になっていたなんて経験はありませんでしょうか? 深夜の勢いを借りて文章を書くのはアリだと思いますが、ポストに入れるのは朝になってからの方がいいと思います。

 さて。

 まず本筋とは違う話で恐縮ですが、津田さんのコメントは、政治屋としては完璧だと思います。しかし、文筆家としてはいかがなものでしょう?

できれば、今まで僕が書いてきたことや、活動してきたことまで含めて、総合的にご判断いただければ幸いです。

 これは本心からおっしゃっているのでしょうか? それともテンプレートか何かでしょうか?

 例えば作家が自分が書いた作品を批判された。批判した相手が、対象になっている作品を2、3ページしか読んでいない。あるいは全く読んでいないと思われる。そういうときに「ごちゃごちゃ言わずに、まずは最後まで読め!」と反論するのは正しいと思いますが、「過去の作品、日頃の言動を総合的に勘案しろ!」と言ったとしたら、津田さんはどうお感じになるでしょう?

 あるいはミュージシャンが事件を起こして逮捕された。それによって過去の作品の善し悪しが逆転したら、津田さんはどう思われるでしょう? その人の非音楽的な行為と作品の評価は、またちょっと別物ですよね?(もちろん、言うまでもなく、その人の個性が作品に反映されているわけですが)。

 その上で、津田さんのコメントの最後の一文です。「物書き」としての津田さん自身、どのようにお感じになられるでしょう?

 先の記事にも書きましたが、自分の時と他人の時とで言論の自由の扱い方が異なったり、「大麻で逮捕されたからって発売禁止にするんじゃない!」と発言する一方で、上記のようなことをおっしゃる。僕にはちぐはぐな感じに見えるのですが、津田さんご自身は、どのように整合を取られているのでしょうか?

 Aの立場の時はA。Bの立場の時はBと使い分けるのは、政治屋(政治家ではなく)としては賢いやり方だと思います。困難な問題に立ち向かうにあたって、主義主張・原理原則でがんじがらめになって、非現実的なことしか言えないよりは、朝令暮改も大いに結構なことだと思います。しかし、そういう政治屋が言うようなことを津田さんはおっしゃられたいのでしょうか?

 閑話休題。

 結論から言えば、僕は津田さんの意見に同意できません。

 誰かの自由を制限すること。そのことに対して、どれほど敏感であっても、敏感すぎることはないと僕は考えています。過度の制限を受けないために一部の制限はやむを得ないとの考え方は、戦術論としては正しいとは思いますが、それはあくまで戦術論です。相手が自分たちより試合巧者だったらどうされます? 相手の譲歩を引き出すために自分たちも譲歩した。その時、実際には相手が最初に期待していた以上の譲歩をしてしまっていたなんてことにならないかと危惧します。津田さんが普段、はてブのコメントにこまめに反応されていたり、このブログにコメントを寄せられるようなマメな方だけに、なんだか窮屈そうなことになるのではと取り越し苦労をしてしまいます。

 同意できない理由その2。

 そもそもにおいて、「自分を不幸せにする発言」をした人も、僕と同様一人の個人です。はてブのコメント欄で元記事に対してネガティブな発言をしている人や、あるいはそんなコメントにスターマーク押している人だって、やっぱり僕と同様の「個人」です。「個人」である僕が、どうして他の「個人」の自由を、行為が行われる前に制限できるのか。

 確かに、イナゴになって大量に押し寄せてきたら、当然、僕は敗北するわけで、負けるのはものすごく悔しいですが、だからといって自分が悔しい思いをしないために先手を打って「言わせねぇよ!」(by 杉山-我が家)と言うのは、僕の感覚ではナシです。もちろん、発言の結果に対しては責任取って欲しいと思いますけれど。

 「規制」って、今ある何かを消し去ることではなく、これから出てくるかもしれない何かを出さないようにすることですよね? そうではなく、

スルー推奨!

 こちらの方が建設的でスマートだと僕は思うのですが、いかがでしょうか? 僕自身、まだまだスルーしきれないことがあるので、そんなときはこうしてブログなんかに書いてみるわけですけれど。

 まとめると。

 校門チェックをしたがる生徒会の中の人は、立派だとは思いますが、僕は苦手というお話です。

 もちろん、津田さんが「こいつは世の中のことをなんにも知らない甘ちゃんだ!」と思われたとしても、それはご自由です。関係省庁や業者に近い立場で活動されている津田さんから見れば、僕は全くの世間知らずだということに異論ありません。

 なおなお。

 末筆ですが、コメントを寄せてくださった津田さん、tera さんには、心からお礼を申し上げます。

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2009年2月24日 (火)

【Web】MIAU の津田氏は何にいらついているのだろう?

 MIAU という組織があります。Movements for the Internet Active Users(インターネット先進ユーザーの会)なんだそうです。 主にユーザの側から著作権問題などコンテンツ利用のあり方について政策提言を行う組織なんだそうです。

 その MIAU の代表者が津田大介さんという方なのですが、この方、時々、はてなブックマークのコメントについて、いらいらされることがあるようです。 Twitter で、ちょくちょく、はてブのコメントの批判をされています。例えば、今日は

http://twitter.com/tsuda/status/1242986390
このエントリが叩かれる理由がまったくわからない。はてなってすげえなあ。 勝手な被害妄想でずっとシャドーボクシングですか。そりゃネットやめられないわ。http://d.hatena.ne.jp/next4...

これから始まり、

http://twitter.com/tsuda/status/1243161737
若者論というよりむしろ環境の話で、昔は草が草として自生できる環境が多くて、 草が言葉を発することもできなかったから単に表面化することが少なくて、今は草がざっくざっく刈り取られたり燃やされたりして、 その草の言葉がネットを通じて表に出てくるようになったからなのかなと。

こんな感じに展開していきます。

 正直、なににいらついているのだろう? と僕なんかは思ってしまいます。で、

http://twitter.com/tomikura/status/1243205575
津田大介氏がなににむかついているのか、今ひとつ共感できない。パンピーは黙ってろってこと?

こんなつぶやきを Twitter に流してみたところ、

http://twitter.com/tsuda/status/1243259839
@tomikura 「黙ってろ」じゃなくて「自分が主体的に決められないことの原因を外部化するな」って話です。

との丁寧なご回答をいただいたのですが、僕が知りたかったのは、 津田氏が紹介している記事の内容のことではなく、はてブのコメントにいちいち反応している津田氏のいらだちの原因は、どの辺にあるのだろう? ということでした。

 僕自身、「いーじゃん。言いたいヤツは言わせとけ」という感じで、はてブとか 2ch とかの反応をチェックしたことがないので、はてブのコメントをマメにチェックし、しかも自分が関係する記事じゃないものにまで Twitter でつぶやかれている津田氏の行動は興味深く思えます。

 で。

 気になるのは、津田氏が Twitter の自己紹介で

「東京在住の物書きです。」

と書かれていることです。これ、変じゃありません? 変だと思うのは、僕だけなんですかねぇ?

 「物書き」つまり、言論の自由があるからこその仕事をされているわけです。言論の自由が失われれば、 津田氏の今の仕事も失われるわけです。その意味で、津田氏は本来なら「言論の自由を守ること」に最も敏感でなければならない人の1人です。 ところが、そんな津田氏が、一般人が言論の自由を行使しているのを見て(少なくともはてブのコメントに対しては) 否定的な発言を繰り返されています。

 やっぱり、変だと思うのです。

 そういえば、既存のマスメディアの中の人に、こういう感じの人、いますよね。 自身の言論の自由は主張するのに、ネットになると途端に「規制しろ」とか言う人。

 こういう人って、自身の中で論理の整合性はどう取っているのだろう?

  • 自分達は生まれもっての才能がある。
  • 表現するための訓練を受けた
  • 主体的に考えて発言している
  • 自分は実名だ!

 実名・匿名云々は、匿名で意見を言う人は卑怯だと思う を読んでいただくとして、他の3つの理由で自分の中で整合性を取っているのだとしたら、それって旧態然とした 「選民思想」となんら変わりないんじゃないの? と思ってしまいます。自分達には発言権はある。お前らには発言権はない。いやはや。

 そもそも、「主体的な発言」ってなんだ。「自分の意見」と言っているものの、 実は裏を返せば特定の利害関係者の意見を代弁しているのに過ぎない人って多いですよね。むしろ、「自分の意見」とか言う人に限って、 別の誰かさんの代弁を「自分の考え」だと錯覚している手に負えない始末になっているわけで……。

 違うよね。

 インターネットって、情報を低コストで入手できることが本質なのではなく、 「情報を低コストで発信できること」、つまり、これまでなら出版や放送といった比較的コストがかかる手段、 従って普通の人にとっては手を出せなかったことが、インターネット(特に Webサービス)を使うことによって、 これまでに比べて情報発信をしやすくなったことにあるんじゃないの? 発信するコストが下がったから、 情報を入手するのに必要な費用も下がったのだと思います。津田氏がいみじくも言ったように、 「草の言葉が表に出てこれるようになった」 ことがインターネットがグーテンベルグの活版印刷と同じ意味で情報革命の道具になれたことなんじゃないかなぁ。

 繰り返しますが、公の場で発言できるのは限られた人だった状況から、 より多くの人に発言する機会を与えるようになったのが、インターネットという技術です。言論の自由にとっては、大きな進歩だと思います。

 それなのに、「物書き」として言論の自由を享受している津田氏が、 ことある毎にはてブのコメントを攻撃する。いったい、なんだ? それは単に既得権(つまり、俺様は発言を許された人、他のヤツは発言するな! )を守りたいがための行為に過ぎないんじゃないか? と思ってしまいます。つまり、津田氏の「いらだち」 の底には自分の意見とは違う意見が多いってことなんじゃないかと。そして、そんな状態を許容しているインターネット (はてブコメントを代表例として)にいらだってる。そんな感じなのではないかと思います。

 でも、それって、言論の自由を今まさに享受している人が言うのは、絶対に間違っている。 自分とは異なる多様な意見の存在を認めること。少なくとも「物書き」を仕事にしているのなら、そこを出発点にしなければいけないと思う。 筒井康隆が「絶筆」したのは、まさに「多様な意見の存在を認める。でも、その意見に与するわけにはいかない」そう考えたからです。

 ともあれ。

 厄介なのは、こんな津田氏が代表をしているのが、最初に書いた「インターネット先進ユーザーの会」です。 インターネットの先進を進んでいると自負している人の代表が、既得権を確保しようとしているかのような言動をしているわけです。 大丈夫なんすか?

 僕自身は、誰かの口をふさぐ権利を欲しいとは思いません。 僕にとっては

他人の口をふさぐ権利ではなく、 自分の耳をふさぐ自由

こちらの自由の方が大切に思えます。どのような情報に対して耳をふさぐのか。 それは情報リテラシーと言いますか、そもそものその人の教養とセンスの問題だと思います。

 MIAU は政策提言と同時に啓蒙活動もしているのだそうで、その意味で MIAU が本来やらなければいけないのは、

「誰もが発言できる状況において、 どのようにすれば自分を不幸せにする情報に耳を貸さずにすむか」

こちらの方法を啓蒙することなんじゃないかと僕は思います。

 と言いますか、曲がりなりにもインターネット先進ユーザーな人が、自分が不快になると分かっているのに、 こまめにはてブをチェックしに行くのって、なんだか間が抜けていると思います。

 さらに言えば、パンピーを軽蔑するのは自由です。しかし、 パンピーを軽蔑していることを得意げに言って回るような人を、政策提言集団の代表にしてるっつーのは、政策実現を本気で目指しているのなら、 ちょっと考えた方がいいのでは?

 余計なお世話でしょうけれど。

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2009年1月24日 (土)

【newsing】 newsing で見た鉄壁

 僕自身の周囲には、幸いなことに年齢、性別、人種、国籍、門地で人を差別するような人はいないのですが、 世の中にはいろんな人がいるんですね~というお話。

 newsing というサイトがあります。国内最大のソーシャルニュースサイトです。ネット上に掲載された記事をピックアップして、 それについてコメントを書くというサービスを提供しています。

 そこで、鉄壁な人を見つけたのでご紹介。

 注目したのは「腐乱死体」さんというユーザさんです。

●腐乱死体さんのマイページ
 http://newsing.jp/user/%C9%E5%CD%F0%BB%E0%C2%CE
 【魚拓】http://s04.megalodon.jp/2009-0124-1008-06/newsing.jp/user/%C9%E5%CD%F0%BB%E0%C2%CE

 この方は、何かというと「在日」「チョン」とおっしゃる方です。ことあるごとにうるさいくらい「チョンチョン」おっしゃいます。 チョンチョン、チョンチョンって、鳴き方を覚えていない小雀じゃあるまいしとか言うのは横に置くとして。

 さて、この方はご自分が気にくわない人間をとりあえず「在日」「チョン」と断定されます。反社会的な人間だけでなく、 注目を集めている人間も、腐乱死体さんは気にくわないようで、例えば、1月22日にピックアップされた

●ついに素顔を披露!「生協の白石さん」大学の広報大使に
 http://newsing.jp/entry?url=headlines.yahoo.co.jp%2Fhl%3Fa%3D20090122-00000065-yom-soci
 【魚拓】http://s03.megalodon.jp/2009-0124-0953-49/newsing.jp/entry?url=headlines.yahoo.co.jp%2Fhl%3Fa%3D20090122-00000065-yom-soci

この記事では、生協の白石さんのことを「また在日か」とばっさり。 白石さんはもちろん何か悪いことをしたわけではなく、学生からの投書に対して、お役所的な回答をするのではなく、なんとなくほのぼのとした (時に斜め上の)返事を書かれ、学生との友好的な関係を続けてきたことを評価されて、めでたく大学の広報大使になられたわけです。でも、 どうやら腐乱死体さんは、功績を認められた人がお嫌いなようです。なので「在日」なんだそうです。 へーへーへー。

 いやまぁ、想像で書けば、腐乱死体さんにとって「白石」という名字が云々ということなんでしょう。 この辺の事情についてはここでは書きませんが、でもね、そもそも「日本人っぽい名字」を選ばれたわけです。言い換えれば、もともと「白石」 は、日本人の名字として、特に不自然だったり、目立つようなものではないから選ばれたわけです。ということは、「白石」 という名字は昔から日本人だった人の可能性が高いと僕なんかは思うわけですが、腐乱死体さんにかかれば、バッサリいかれるわけです。 ほーほーほー。

 まず、この自分の持っている知識(だけ)で全てを断定する胆力。これ、鉄壁です。

 さらに言えば、万が一、白石さんの件が事実と異なる場合、 虚偽の内容で名誉を毀損された云々として訴訟を起こされるリスクがあるのですが、腐乱死体さんにとっては、そんなリスクはアウト・オブ・ 眼中です。

 なにを書いても自分には絶対に危険は迫ってこないと考えられる勇気(=想像力の欠如)。これ、 やっぱり鉄壁です。

 その上で、この方が完全な鉄壁だと思うのは、気にくわない相手を「在日」「チョン」だと決めつけてくることです。これ、 実は決めつけられた方は反論できないんです。

 まず、「ないことを証明することは難しい」という論理学の初歩から攻撃されるわけです。

 白いカラスはいない。これを証明するために100匹、1000匹、1万匹の黒いカラスを集めてきても、次の1匹が白かったら、 おじゃんです。このように「ない」ということを証明しろという論理的に不可能なことを相手に求める戦術。鉄壁です。

 僕自身、「在日」だと言われました。家系云々を語るのは、僕の趣味ではないのですが、一応書いておくと、 確かにそれほど誇れる家系ではないと思います。チョンマゲ結っていた時代には、京都の御所の警備員だったらしいですし、3代前の曾祖母は、 父親を戦争(第二次世界大戦よりもさらに前の戦争の頃)で亡くして事実上の孤児状態で、 あわやお家断絶の危機に追い込まれていた状態っぽいです。それでも、白いカラスと同じく、 どこかで血が紛れ込んでるんじゃないかと言われれば、反論しようがありません。実際、秦の始皇帝時代まで遡れば、 うちの実家近くに徐福が流れ着いたと主張しているらしいので、そこまでたどって生粋の日本人かと言われれば、なんとも言えません。なおなお。 僕自身は、先祖に敬意は払いますが、一方で、先祖が偉かったから僕も偉いという勘違いだけはしないでおこうと思っています。まぁ、でも実際、 ここに書いたとおり、ちっとも偉くないのですけれど。

 しかし、こんな僕の弱々しい反論も、「やつらは血統にやたらこだわる」とバッサリ。えええ。血統にこだわって「在日」「チョン」 と言っている人に、こんなこと言われちゃったよw トホホ……。

●中田英寿の起源は韓国!本人がキレる
 http://newsing.jp/entry?url=birthofblues.livedoor.biz%2Farchives%2F50767312.html
 【魚拓】http://s02.megalodon.jp/2009-0124-0952-08/newsing.jp/entry?url=birthofblues.livedoor.biz%2Farchives%2F50767312.html

 ともあれ。

 さらに言えば、腐乱死体さんの追求に対して「自分は在日ではない」と主張することは、「在日だろ?」 と言っている人と同じように在日の人たちを差別的に見ていることにつながります。反論することが、かえって差別を助長するわけです。 これが分かるから、「在日だ!」と決めつけられた人間は、ぐうの音も出なくなってしまうわけです。非常に巧妙です。腐乱死体さんは、 本当に頭がいいなと感心します。

 反論することが倫理的にためらわれる点を追求する。完全に鉄壁です。

 こんな完全鉄壁な腐乱死体さん。しばらくの間、ゆる~くウォッチすることにします。

 なおなお。

 newsing の中のことを、こんなところで書くのはどうかという批判があるのは承知しています。ただ幸いなことに、 腐乱死体さん自身が次のように言われています。

「見られて困るようなことは人前でやらないのが常識でしょ。(中略)リンク貼られると著作権うんぬん喚き散らすDQNに近いな」

●CAに恥をかかせた織田裕二の素行の是非 : 日刊サイゾー
 http://newsing.jp/entry?url=www.cyzo.com%2F2009%2F01%2Fpost_1437.html
 【魚拓】http://s02.megalodon.jp/2009-0124-1045-09/newsing.jp/entry?url=www.cyzo.com%2F2009%2F01%2Fpost_1437.html

 腐乱死体さんは、もちろん、DQNじゃないと思うので。

 ホント、腐乱死体さんにおかれましては、しばらくの間、いろいろと楽しませてくださいw

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2009年1月 3日 (土)

【社会】派遣切りの本当の罪人は誰か? 続き

 先ほどのエントリーでは、

本来なら人材派遣会社こそ、今の状況に反対の声を上げるべきではないのか?

というスタンスで書きました。

 実際、人材派遣会社の経営者がまともな実業家なら、そう考えてもおかしくないと思います。

 先ほどのエントリーでも書きましたが、

自社の商品が返品されてくる。しかも、一方的に!

という状況に対して、実業家なら

  • 値引きしてでも商品陳列台に置いてもらう
  • 別の販売ルートを模索する

 多分、こう考えるのが普通でしょう。なぜなら、少なくとも実業家としての経営者なら、自社の商品に自信があり、 それが相手先の一方的な都合で契約破棄に等しい状況で突っ返されるとするなら、場合によっては損害賠償を考えてもおかしくないはずです。 無論、そこはビジネスのつきあいがあります。たとえ理不尽だと分かっていても、相手が窮状であれば、そこにはとやかく突っ込まない (=訴訟とか言わない)。また景気がよくなったら、ご贔屓にくらいの感覚でないと経営者としてはダメの烙印を押されても仕方がありません。

 しかし、他方で、相手の窮状によるものにせよ、大切な商品が返品されてくるわけです。繰り返しますが、実業家なら、 これは耐えられない状況です。たまたま販売窓口の状況が悪化しただけであって、自社の商品の質やコストパフォーマンスには自信がある。 そうであるなら、返品されてきた商品を商品としての本来の価値を認めてくれる誰かを探すのが実業家の手腕でしょう。人材派遣の問題で言えば、 商品(=派遣社員)を有限的な資源としてとらえているのなら、派遣先から契約を切られた商品を、 別のどこかに世話するという発想になるはずです。

 しかしながら。

 人材派遣会社は実業ではなく、虚業なんですよね。つまり、彼ら自体は、 特に何らかの価値を生み出すことに寄与している訳ではありません。何が生み出されるかは、派遣先の企業次第。もちろん、 これでも間接的には価値の創造に寄与していると言えます。例えば、流通業だって創造された価値を、 必要としている場所に移転するという重要な存在意義を持っている(つまり実業に寄与する)わけです。人材派遣会社だって、 価値を創造するための人的資源をプールしているという意味で実業に寄与している存在だと思われていたわけですが、今回の件で図らずも、

単なる中間搾取者

以上でも以下でもないことが判明してしまった訳です。

 人材派遣会社にとって、派遣先の企業が価値を生み出そうと、生み出すまいと、知ったこっちゃない。要は、プールしている人的資源 (の時間)を切り売りできれば、それで充分。時代劇で悪役として描かれている口入れ屋と、 結局のところなんら変わることなかったことを露呈してしまったわけです。

 実際、人材派遣会社の経営者にとっては、派遣先から切られた人たちは「返品された自社の商品」ではなく、 新たに仕入れられる格安の物件でしかないのです。今までなら時給1500円だった商品が1000円で仕入れられる。ラッキー!  それくらいの感覚なのでしょう。つまり、派遣先が契約社員を切れば切るほど、人材派遣会社としては安値で商品を仕入れられる。 こんな構図になっているわけです。

 働いている人、消費する人、誰にも利益を生み出さなくても儲かる人。それが虚業です。

 結論として言えば、ザ・アールの奥谷禮子奥を担ぎ出していたマスコミの中の人、どうか、どうか、マスコミとしての矜持があるのなら、 今の奥谷禮子氏の意見を引き出してください。

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【社会】派遣切りの本当の罪人は誰か?

 新年早々の書き込みが暗い話で恐縮ですが、実際、この日記を書いている時にも、仕事初めの日が決まっていない人もいるわけです。 仕事初めの日が決まらない、つまり、一年の計はおろか明日の計画についても変動要素が多すぎて決められない、 そんな人が現実におられるわけです。

 正直、切ないよなと思います。

 僕自身は独身。生活費に困っても、最悪、「明日からチキンラーメン三昧だぜぃ。いぇーい!」 とか笑って苦境を乗り越えようという気分になれるのですが、家族とかお持ちの方にとっては、本当に辛いと思います。当面の生活費は、 これまでの蓄えから切り崩すとしても、それだっていつまでも続く訳じゃない。目減りする一方の銀行残高を見つめ、あと何ヶ月もつか、 そんな計算をしないといけないと思うと、鬱々とするんじゃないかと思います。

「自分で、派遣の人生を選んだろ。自業自得。ギャーギャー言うな」

としかりつけるのは簡単です。無論、それにも一理あります。でもね。そーいう問題じゃないよね。

 で、素朴な疑問なのですが、

派遣切りで職を失った人って、どうして派遣先の企業に苦情を言いに行くのだろう?

 何故、自分が登録している人材派遣会社に文句を言わないのでしょう? パソナとかザ・アールとか、 どういう営業活動をしていたのか? 本来なら派遣先の企業の経営状況が悪化している、つまり、 派遣人員の対価を支払ってもらえなくなるリスクがあるのなら、 商品である派遣登録者を別の企業に派遣させるリスクヘッジを考えてしかるべきなのでは? と僕なんかは思ってしまいます。

 こんな風に考えてみてください。

 返品 OK な商品を扱っている企業をあなたが経営しているとします。これまで卸していた小売店が、「明日から商品棚から外すよ」 と言ってきた場合、営業担当者として、あるいは経営者として、取るべき行動は次の二択です。

  • 土下座してでも、卸していたお店に泣きついて、引き続き自社の商品を扱ってもらう
  • 返品されてくる商品を(賞味期限がないものであれば)、別の小売店で扱ってもらえるように東奔西走する

 さて、人材派遣会社のお偉いさんは、この年末年始、どのようにお過ごしだったのでしょうか?

 冷たく言えば、企業に勤めている人は究極的には会社の貴重な資産です。一方、派遣で来ている人は、 最終的に資産にならない消費財です。ザ・ アールの社長がサイトで公言しているように「商品」です。ちなみに、彼女のポリシーは、こんな感じです。

「ザ・アールは、全てのお客様にどの様に満足ゆくサービスが提供出来るか、スタッフ一同考え、商品開発に力を注ぎ、 そして各企業に合ったオリジナルなメニューを提供して参ります。」

 ここで「商品」と呼ばれているのは、「物」ではなく「者」です。

 無論、それはそれでアリだと僕は思います。口入れ屋、人夫頭、時代劇ならほぼ確実に悪役にされてしまう彼らですが、 彼らだってそれなりに仕事に対する情熱と誇りを持っていることでしょう。しかし、今やっていることは、「返品する」と言われたのに対して、

「あ~、そーっすか、じゃ、捨てちゃってください」

と言っているのとかわらないわけです。少なくとも、今、報道されている範囲で見ている限りで言えば、「商品」である「者」 の返品を受け付けず、廃棄処分をお願いしているだけと言われても仕方がないんじゃないでしょうか。違うんでしょうか。違うのなら、 そこをもっとマスコミにアピールするべきだと思うのですけれど。

 とりあえず、なんだか偉そうなことを言っていたザ・アールの奥谷禮子氏の言い分を楽しみにしています。 そんな余裕はないのかもしれませんけれど。

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2008年12月 2日 (火)

【社会】蒟蒻畑なんかいらない!

 よく分からないことの一つに、

蒟蒻畑は毒餃子と同レベルにひどい!

と主張される人たちの理屈です(例:ユニカネット)。

 いや、ホント、よく分からない。

 毒餃子や事故米は、生産者側に完全に責任があります。一方、蒟蒻畑は、どちらかといえば消費者側に責任があるんじゃないの? というのが僕の率直な感想です。

 確かに子供の頃、プリンを冷凍庫で冷やして、「しゃりしゃりした食感が格別!」みたいな感じで、 本来とは違った食べ方を楽しんでいたこともあったので、蒟蒻畑を冷凍庫で冷やして、結果のどをつめて窒息死した方を悪く言う気はありません。 亡くなられた方々は本当にお気の毒だと思いますし、死人にむち打つほど野暮ではないつもりなのですが、それでも、やっぱり

自業自得なのでは?

と思ってしまいます。

 百歩譲って、「冷凍で凍らせてはいけない」との注意書きを書かなかったのが悪いのだとします。あるいは、さらに百歩譲って、 冷凍庫で凍らせてものどに詰まらないように作らなかったのが悪いのだとします。

 でも、この理屈で言えば自動車なんかどうなるのでしょう?

  • お酒を飲んで運転してはいけないと言っていても運転できて他人を殺す事故を起こす
  • お酒を飲んでなくても不注意で他人を殺す事故を起こす
  • 普通に運転していても排ガスで環境汚染を引き起こす

こっちの方が、よっぽどひどいのではないでしょうか? ひどくないの? なぜ?

 「蒟蒻畑(マンナンライフ)は悪い」と言うことによって、誰が特をしているのか?  これ調べると深みにはまるのかもしれませんが、 やっぱりちょっと気になります。 2008年12月現在の消費者行政担当大臣の野田氏と関係の深い企業がマンナンライフと同じ商品を提供しているということも含めて……。

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2008年9月25日 (木)

【Tec】 とりあえず言っとけみたいな感じ?

 いや、確かに自国のやっていることにはケチをつけ、欧米のやっていることには礼賛しきりという態度はどうかとは思うものの……。

 それでも、この見解については、首をかしげざるを得ません。

●なぁ、日本が独自のことをするとガラパゴスと呼んで、 アメリカが独自のことをするとグローバルと言うのはやめないか? via VENTURE VIEW
http://v.japan.cnet.com/blog/murakami/2008/09/23/entry_27014834/

 記事を書いた村上福之という人物は、とりあえず池田信夫に噛みつきたいだけじゃないかというのが、正直な感想です。それでもって、 噛みついた村上氏の尾っぽがどこを向いて振っているのかを想像すると、ついついニヤニヤしてしまうわけで。

 とは言うものの、村上氏の意見に全面的に反対という訳ではありません。アメリカのやっていること、やろうとしていること (Google も含めて)が全て正しいとは思いませんし、アメリカのやり方によってすべての人が幸福になれるとも思っていません。

 ただ、そもそも

ガラパゴス化現象とグローバル・スタンダードを対立軸に置いている

 この時点で、村上氏の言っていることが僕には浅薄に思えてしまうのです。

 そもそも、ガラパゴス化とは、特定の環境に最適化した進化(ないし変化)を遂げた結果、 環境に変化があった場合に死滅するリスクが非常に高い状態になっていることを言います。特にポイントとなるのは、最適化した点が、 最適化されていないものよりも機能的に優れていることです。つまり、あるニーズに最適化し、 他の標準的なものよりも優れている存在であるにもかかわらず、環境が変わると途端に劣位になり、最悪、 死滅してしまうということを意味しています。

 さて。

 重要なのは、「環境」の意味する範囲です。

 村上氏は批判している池田氏と同じく、この「環境」を地理的な範囲としかとらえていないという点で、どうにもこうにもな感じです。 ドングリの背比べ。同じ穴の狢。そう言って差し支えないと思います。

 しかし、「環境」は地理的な範囲だけでなく、時間的な範囲も考慮しなければいけないわけです。

 たとえば、恐竜を考えてください。当時、、肉食、装飾問わず、まさにグローバル・スタンダードな状態で地球を闊歩していました。 しかし、その後の環境の変化によって、現在では末裔である(正確に言えば、末裔ではなく分派)ハ虫類類や鳥類を残し、「恐竜」 としては死滅したわけです(ネッシーとかのことは、ひとまず横に置いておいてください)。

 つまり、進化(ないし変化)が特化した状態(言い換えれば異常な状態)なのか、正常な状態なのかが問題になるわけです。

 ビジネス及び技術の分野に関しても、同様のことが言えます。

ある特定の環境下においてのみ通用する変化なのか、それとも文明的に正常な変化なのか

これが問われるべきことです。

 たとえば、マイクロソフトの WindowsOS を例に挙げます。CUI ではなく GUI に。つまり、OS はハードウェアとの入出力に責任を持つだけでなく、ヒューマン・インタフェースにも責任を持つ。 さらにネットワーク上のリソースの入出力にも責任を持つ。このように進化した結果、少なくとも僕の見解では、 にっちもさっちも行かない状態になっているように思えます。ガラパゴス化現象が起こっているとしか言いようがありません。しかし、 2008年9月現在、Windows 系の OS はグローバル・スタンダードです。

 さらにさて。

 村上氏の言う「ケータイ」に関して言えば、アメリカのやっていること、日本のやっていること、どちらが「ガラパゴス」なんでしょ?  携帯だけしか見られない、使えないコンテンツが増えるのと、ケータイとそれ以外の垣根を取り払おうとする試み、 あなたはどちらが好ましいと思いますか?

 先ほど、「池田氏と同じく」と言いましたが、おそらく池田氏は、 この時間軸も視野に入れた上でガラパゴス化を主張されているのだろうなと感じています。ということで、村上さん、ホント、提灯記事、 お疲れ様。

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2008年7月11日 (金)

[政治] 政治家の品格

 テレビ番組中の一部の発言を切り出して、その内容を叩くのもどうかと思いつつ、加藤紘一氏です。

● 加藤紘一オフィシャルサイト
http://www.katokoichi.org/

 北朝鮮拉致問題について、「拉致被害者を北朝鮮に帰すべきだった」との発言が物議を醸しているわけです。

 加藤氏の発言内容が正論か愚論かは、ひとまず横に置きます。

 加藤氏が言うように被害者を帰していたら、今も交流が続いて他の拉致被害者も今頃帰国できていたかもしれません。あるいは最悪の結果になっていたかもしれません。神ならぬ人間の身。どちらになっていたか分かるはずありません。

 また、「国家は国民を守るためにある」のか「国民は国家を守るためにある」のか、言い換えれば「一人の人を守るために多くの人が犠牲になる」ことをよしとするのか、「多くの人を守るために一人の人が犠牲になる」ことをよしとするのか、どちらの主張が正しいかも僕には分かりません。どちらの言い分にも一理あると日和った考え方をしてしまいます。

 むしろ気になったのは、より本質的な部分です。

あのときこうしていたら、今こうなっていたはず!

 上記のような思考方法は批評家のものであって、なんら建設的なものではありません。むしろ、

将来こうなるために、今こうする!

 政治家の方々には、このような思考方法でいてほしいというのが僕の考えです。将来への展望、展望を実現するための案、そして実行力。これが政治家に求められる資質ではないでしょうか。政策論争とは、展望が正しいかどうか、展望が正しいとして実行案に不備がないかどうか、これを論じるものでしょう。

 その意味で、今回の加藤氏の発言は床屋談義レベルとしか言いようがありません。

 大きなお世話だとは思いつつ、加藤さん、そろそろ政治家を引退して評論家に転身された方がよろしいのでは?

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2008年7月10日 (木)

[マスコミ] 匿名で意見を言う人は卑怯だと思う

ネットで忘れた頃に亡霊のように現れる「匿名・実名」に関する論争ですが、正直に言って、なぜこれが論争になるのか僕にはよく分かりません。

匿名で意見を言う人は卑怯だ!

この意味が僕には全く分からないのです。

例えば、上記の主張をされる方(例えば鳥越俊太郎など)は、堺屋太一(本名:池口小太郎)なんかにも好悪、意見への賛成・反対は別にして、「ペンネームを使っているから卑怯だ!」と直接言えるでしょうか? 「有名人と一般人を同一に扱うな!」と反論されるかもしれませんが、デビュー直後の堺屋太一は一官僚に過ぎなかったわけです。そして、今は無名でも将来有名になる人だっているかもしれません。そもそも、有名人と一般人で主張の正しさを判断すること自体がナンセンスです。

あるいはまた、僕はたまたま「冨倉雅也」とあまり一般的ではない姓なので、その気になれば住所まで特定することが可能かもしれませんが、例えば「田中一郎」という人物は本名を使ったとしても、どこの誰かを特定することは、依然として困難です。従って、実名か匿名かだけで卑怯かどうかの断定を行うことは僕にはできません。

「卑怯である」とは、自分が絶対に攻撃されない位置から他人を攻撃することではないかと思います。いわゆるネットイナゴが卑怯なのは、匿名だからではなく、集団リンチに荷担しているから以外の何者でもないと思います。さらに言えば、実名であっても卑怯な行為は散見されます。例えば、表現する場を独占している立場にあるマスメディアの中の人が、社会的正義という名の下に一方的に一般人を断罪する行為なんかは僕の価値基準から言えば卑怯です。

百歩譲って、匿名であることが卑怯だとしましょう。そうだとするならば、なぜ卑怯者の発言にそれほど神経質になる必要があるのでしょうか。所詮は負け犬の遠吠え。吠えるだけ吠えさせておけばいい。耳を傾ける必要もない。それで終了です。

むしろ、匿名を否定する人の背後には、これまで世論という名で自分たちがコントロールできた一部の人たちの意見が、無名の人々によってその誤りを指摘されることに対する焦りがある。そんなことが透けて見えるのは僕だけでしょうか?

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